中国SFアンソロジー第二弾『月の光』で時間SF祭り!

文=大森望

  • 月の光 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
  • 『月の光 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』
    劉 慈欣,ケン リュウ,牧野 千穂,大森 望,中原 尚哉,大谷 真弓,鳴庭 真人,古沢 嘉通
    早川書房
    2,420円(税込)
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  • ツインスター・サイクロン・ランナウェイ (ハヤカワ文庫JA)
  • 『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ (ハヤカワ文庫JA)』
    小川 一水,望月 けい
    早川書房
    836円(税込)
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 中国SFブームの立役者、ケン・リュウが自分で選んで英訳した現代中国SFアンソロジーの(英訳からの)邦訳第二弾、『月の光』(中原尚哉・大谷真弓・大森望・鳴庭真人訳/新☆ハヤカワ・SF・シリーズ円)★★★★½が出た。ページ数は『折りたたみ北京』から2割増量、作家の数は倍に増え、'10年代作品を中心に、14人による16篇を収める。巻頭の夏笳「おやすみなさい、メランコリー」は、チューリングが晩年に開発していた人工無能(的な機械)の対話記録が見つかった──という魅力的なアイデアを核に、AIと人間の心の問題を重ね合わせる。イーガン「オラクル」への返歌とも言うべき力作だ。劉慈欣の表題作は、気候変動による文明崩壊を止めるべく、未来の自分から歴史改変の指令が届く話。タイムパラドックスその他の問題はすべて括弧に入れ、ありうべき可能性を追求する。SF版「杜子春」?

 今回は他にも時間SF多数。とりわけ、オタク版『戦国自衛隊』みたいな張冉「晋陽の雪」が楽しい。宝樹「金色昔日」は逆行する現代史と並行して主人公の純愛を描く前代未聞の歴史バカSF。馬伯庸「始皇帝の休日」は、「朕はこれより休暇をとってゲーム三昧となる」と宣言した始皇帝が、『シヴィライゼーション』だの『CoD』だの『牧場物語』だの『逆転裁判』だのを遊びまくる爆笑改変歴史(?)ゲームSF。その他、吴霜、糖匪、郝景芳、飛氘、王侃瑜、陳楸帆の短篇と、王侃瑜、宋明煒、飛氘のエッセイを収録。前巻同様、編者の序文と著者紹介、立原透耶の巻末解説がつく。どこが面白いかよくわからない作品もあるが、そのわからなさも含めて面白い。

 瀬名秀明『ポロック生命体』(新潮社)★★★½は、AIを軸にした4篇の作品集。昨年12月~今年1月に週刊新潮に連載された表題作は、画家/小説家の(クリエーターとしての)"生命力"をAIに代替させたら──という意外な設定で、AIと人間の新しい未来を夢見る。いちばん古い「きみに読む物語」(SFマガジン'12年4月号)は、私小説的要素を交えながら、シンパシーとエンパシーをテーマに、SFと小説の関係をセンシティヴかつナイーヴに描き、いろいろ考えさせられる。他に、AIが指す将棋の駒を動かすアームに着目した「負ける」、新米編集者とメンターの対話を通じてAIと小説の未来を考える「144C」を収録。その瀬名秀明が講師をつとめるTV番組の自筆テキスト『NHK100分de名著「アーサー・C・クラーク スペシャル」』(NHK出版五二四円)は、"楽観的な懐疑主義者"だった巨匠の生涯をたどりつつ、「太陽系最後の日」『幼年期の終わり』『都市と星』『楽園の泉』を瑞々しく紹介する。

 対する貴志祐介『罪人の選択』(文藝春秋)★★★½も4篇収録の作品集で、こちらは表題作以外の3篇がSF。「夜の記憶」は、「凍った嘴」で第12回ハヤカワ・SFコンテストに佳作入選した翌年、SFマガジン'87年9月号に岸祐介名義で発表した幻のデビュー作となる海洋ハードSFの力作。「呪文」は10年前〈SFJapan〉の時代SF特集に掲載されたとき、田中啓文の某作とまさかのネタ被りで一部で話題になった宇宙/バカSF(伴名練の商業デビュー作とも妙な縁がある)。巻末の「赤い雨」はなんとも懐かしいテイストのバイオ系・閉鎖都市型終末SF。それにしてもホラー大賞出身の2人のSF作品集が同時期に出るとは!

 小川一水の書き下ろし『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』(ハヤカワ文庫JA)★★★★は、『アステリズムに花束を』に寄稿されて好評を博した同名の宇宙漁業短篇の長篇化。船のかたちを自在に変えられる女能力者が天才操縦者の少女と組んで旧弊な漁師部族社会に風穴を開ける痛快娯楽百合生態系SF。

 草上仁『7分間SF』(ハヤカワ文庫JA)★★★½は『5分間SF』に続いて早くも登場した作品集第二弾。前巻と比べページ数は25%増量、収録本数(11本)は3割減ったので、実際は「10分間SF」並みの読み応えか。前半はシェクリイ風の宇宙SFが中心。巻末の狂騒的ドタバタSF「パラム氏の多忙な日常」が楽しい。

 デビュー作が2作。高丘哲次『約束の果て 黒と紫の国』(新潮社)★★★★½は昨年の日本ファンタジーノベル大賞2019受賞作。中国風の大国・伍州を舞台に、正史に残っていない二つの国、壙と臷南について記された物語と偽史とを交互に引用するかたちで進む。なるほど酒見賢一『後宮小説』風の架空歴史小説か......と思っていると途中からどんどんとんでもないことに。SF的な奇想とファンタジー的な大風呂敷と本格ミステリ的な大仕掛けが炸裂するクライマックスには唖然茫然。なお、著者は第2回ゲンロンSF新人賞の山田正紀賞受賞者です。対する上畠菜緒『しゃもぬまの島』(集英社)★★★½は、第32回小説すばる新人賞受賞作。しゃもぬまとは中型犬くらいの大きさの馬で、死期を悟ると稀に誰かの家を訪れ、人を天国に導くという。語り手の祐は、その馬がいる島で生まれ育ち、今は港町のアダルト系出版社で働く。ある日、心身ともに疲弊した彼女のアパートにノックの音が......。エブリデイマジックとも寓話とも不条理小説とも百合ファンタジーともつかない個性的な書きっぷりが妙に印象に残る。著者は'93年、岡山県生まれ。

 粕谷知世『小さき者たち』(早川書房)★★★★は、'01年の第13回日本ファンタジーノベル大賞受賞者による初のハイファンタジー長編。神が実在し死者が語る独創的な世界設定を背景に3人の少年の運命が力強く骨太に描かれる。

(本の雑誌 2020年5月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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