四世代にわたる家族物語『パチンコ』がすごい!

文=林さかな

  • パチンコ 上
  • 『パチンコ 上』
    ミン・ジン・リー,池田 真紀子
    文藝春秋
    2,640円(税込)
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  • パチンコ 下
  • 『パチンコ 下』
    ミン・ジン・リー,池田 真紀子
    文藝春秋
    2,640円(税込)
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  • 犬売ります (フィクションの楽しみ)
  • 『犬売ります (フィクションの楽しみ)』
    Villalobos,Juan Pablo,ビジャロボス,ファン・パブロ,渡, 平田
    水声社
    3,300円(税込)
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  • 砂漠が街に入りこんだ日
  • 『砂漠が街に入りこんだ日』
    グカ・ハン,原 正人
    リトル・モア
    1,980円(税込)
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  • ホーム・ラン
  • 『ホーム・ラン』
    スティーヴン・ミルハウザー,柴田 元幸
    白水社
    2,640円(税込)
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『パチンコ』(ミン・ジン・リー/池田真紀子訳/文藝春秋)は四世代にわたる家族物語。アメリカで百万部を突破したベストセラーであり、全米図書賞の最終候補作でもあり、読書家で知られるオバマ前大統領の愛読書としても、とにかく邦訳前から海外翻訳小説好きの話題にのぼっていた。

 時は日韓併合のあった一九一〇年から一九八九年。ソンジャは父が亡くなって以来、母が営む下宿を手伝っている。もうすぐ十七歳になる時に出会ったコ・ハンスとの間に子を授かるが、その後彼が既婚者だと知り離れる。(ちなみにコ・ハンスはその後のソンジャの人生に長く関わるようになる)ソンジャは事情を汲んだイサク牧師と結婚し身重のまま日本の大阪に渡った。そして夫の兄夫婦と一緒に、四人で大阪での暮らしをスタートさせた。もう一人子どもを授かるが、夫は、政治活動をしている疑いをかけられ、長く投獄されてしまう。ソンジャは必死で働き、息子たちに教育を受けさせた。勉強好きの兄の方は早稲田大学に進学。弟の方は勉強よりも働きたいと、パチンコ業界でビジネスの才覚をのばしていく。

 ソンジャ一家は、在日で働くという葛藤を抱え、苦労に終わりがみえない。家族はみな勤勉に働き、少しずつビジネスで成功していき生活は安定していくが、一家それぞれに悲劇も繰り返される。

 小説は人生を描くのにとても適しているのだとあらためて思った。一世代だけでなく、四世代にわたっての人生が濃淡くっきりと描かれ、解説を書いている渡辺由佳里さんがNHKの朝ドラ「おしん」を思い出したと書かれていたが、私は子どもの頃の愛読書、パール・バックの『大地』を思い出した。貧苦にあえいだ主人公が成功していく家族物語で、何度も読み、続編もすべて読んだ。

 先日、故郷を継承していくには物語が必要だという話を聞いた。『パチンコ』は普遍的な故郷の物語でもある。だからこそ、多くの人の心をつかむのだろう。

『犬売ります』(フアン・パブロ・ビジャロボス/平田渡訳/水声社)は風変わりな雰囲気をまとったメキシコ・シティーを舞台とした小説。読み始めはなぜか登場人物がみな若者のように感じてしまったのだが、ほとんどは七十代。七十八歳のテオは、若い頃は画家を目指していたのだが結局はタコス屋になった。隠居したテオの暮らすマンションでは、同世代が住み、ロビーで開催される読書会の主催者フランチェスカは七十二歳。八百屋の女将で六十七歳のジュリエットとフランチェスカ、テオは三角関係にもなる。人生の後半にいる彼らの生のエネルギーは強い。

 マンションにはゴキブリがよく出没し、テオの言葉でいうと「泰然と構えている」。部屋の提灯の上を歩くゴキブリの足音はうるさく、眠りを遮るほどで、合成樹脂の観葉植物や陶器製の招き猫はゴキブリの行楽地になっている。物言わぬゴキブリの群れの他に犬もよく出没し、話は現在と過去を行き来する。一匹の犬はあるものを飲み込んで死んでしまう。死因を解明することに執着する飼い主は仰天の方法をとる。「犬売ります」の言葉にドキリとする。

 終始、不穏な空気が流れている話なのだが、読んでいくとその空気に馴染み、いつまでも話が終わらないでほしかった。

『砂漠が街に入りこんだ日』(グカ・ハン/原正人訳/リトルモア)は韓国出身の作者が、渡仏六年程で習得したフランス語で書きあげたデビュー作。八つの短篇がおさめられ、いずれもが詩のような弾力ある言葉で紡がれている。

「真夏日」は「あなた」を見つめる「私」の話。すらりと長い手足、脊柱からうなじ、短い髪の毛、肌の色。テニスの才能があり、有望なアスリートと称され、授業よりもテニスの練習を優先されていた「あなた」。クラスメイトからも一目おかれていたが、ある日を境にそれが反転する。じっと観察している「私」の視線がみえるかのような言葉で書かれている。

「聴覚」は母親と二人で暮らす「私」の話。母親は仕事から帰ると、家の各部屋でテレビやラジオをつけ不協和音を響かせる。普通の会話よりも、部屋を音で埋めることを優先する。だから「私」は埋め尽くされる大きな音に抵抗することにした。イヤホンを購入し、耳からそれを外さない生活を送る。しまいに学校すら行かなくなった「私」の聴覚は変容していく。抵抗した先にある場所は広く静かで、少し意外なものだった。

 ひとつひとつの話に登場する、それぞれの「私」の動く気持ちを丁寧に文字におきかえた宝箱のような美しい短篇集だ。
『ホーム・ラン』(スティーヴン・ミルハウザー/柴田元幸訳/白水社)は八つの短篇と、作者による短篇小説論が収録されている。

 作者ミルハウザーは、一粒の砂のなかにひそむ世界こそが短篇だという。一粒の砂に集中し、そこに宇宙があると。

 表題作の「ホーム・ラン」は野球の試合が描かれる。九回裏ツーアウトでバッターボックスに立ったのはマクラスキー。彼はフルスイングの強打を放つ。本塁打はどこまでものび、その軌跡をひたすらたどる数頁の世界には、ボールという一粒の砂があった。

「ミラクル・ポリッシュ」は、さっと一拭きすれば鏡が綺麗になる瓶を訪問販売で購入するところから始まる。その瓶は本当に鏡にミラクルをもたらした。しかし、ミラクルは幸福をプレゼントしたわけではなかったのだ。ひとつの瓶に寓話のような味わいがつめこまれていた。

 原作は十六作品が収録されており、日本では二冊に分けて刊行される。楽しみな二冊目『夜の声(仮題)』は来年刊行予定。

(本の雑誌 2020年10月号掲載)

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●書評担当者● 林さかな

一九六七年北海道生まれ。カナダ、京都、名古屋で生活。いまは東北在住。好きな詩:エミリー・ディキンソン「真実をそっくり語りなさい、しかし斜めに語りなさい――」

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