無法者と娘の逃避行『拳銃使いの娘』が胸を打つ!

文=小財満

  • 拳銃使いの娘 (ハヤカワ・ミステリ1939)
  • 『拳銃使いの娘 (ハヤカワ・ミステリ1939)』
    ジョーダン・ハーパー,鈴木 恵
    早川書房
    1,870円(税込)
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  • どこに転がっていくの、林檎ちゃん (ちくま文庫)
  • 『どこに転がっていくの、林檎ちゃん (ちくま文庫)』
    レオ ペルッツ,垂野 創一郎
    筑摩書房
    1,045円(税込)
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  • カナリアはさえずる(上) (海外文庫)
  • 『カナリアはさえずる(上) (海外文庫)』
    ドウェイン・スウィアジンスキー,公手 成幸
    扶桑社
    1,056円(税込)
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  • カナリアはさえずる(下) (海外文庫)
  • 『カナリアはさえずる(下) (海外文庫)』
    ドウェイン・スウィアジンスキー,公手 成幸
    扶桑社
    1,056円(税込)
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  • 緊急工作員 (ハヤカワ文庫NV)
  • 『緊急工作員 (ハヤカワ文庫NV)』
    ダニエル・ジャドスン,真崎 義博
    早川書房
    1,430円(税込)
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 犯罪をおかすことでしか、生きられない者もいる。無法者、すなわち拳銃使いだ。ジョーダン・ハーパー『拳銃使いの娘』(鈴木恵訳/ハヤカワ・ミステリ)はそんな無法者と、五年ぶりに再会した娘との決死の逃避行を描いた疾走感あふれる犯罪小説だ。

 十一歳のポリーの前に突然現れたのは、刑務所にいたはずの父親ネイトだった。彼女は行先も知らされず父親に連れさられる。ネイトは獄中でギャング〈アーリアン・スティール〉の不興を買い、家族もろとも抹殺指令の対象となった身だったのだ。すでに元妻が刺殺されたことを知ったネイトは、ポリーと逃亡の旅に出る。だが行く先々で敵に襲われて......。

 あたしは金星から来たんだ。そう自認するポリーはだから周囲に溶け込めないのだと考え、熊の人形を唯一の友としている。そんな孤独な少女に、無法者の父は生き残るためのレクチャーを始める。バットで相手の膝を折り、頸動脈を絞め、殴られても冷静に殴り返すその方法を。〈拳銃使い〉として成長していくポリーと、父親としての自覚を育んでいくネイトは、互いの存在を認めあい、ギャングへの反撃を始めるのだ。余分な描写のない短く硬質な文体で書かれているにもかかわらず、ポリーの心情の移り変わりが読者の胸を打つ。作者が映画『レオン』『子連れ狼』等の影響を認めるように大人と子供をペアにした犯罪小説は珍しいものではないが本稿の筆者としては同様の作品としてワイリー・キャッシュ『約束の道』を連想したことを記しておく。本作はドラマ『メンタリスト』『ゴッサム』等で活躍する脚本家である作者の小説デビュー作でエドガー賞最優秀新人賞受賞作。

 第一次世界大戦後に活躍したオーストリア人作家レオ・ペルッツは幻想的な歴史小説の作家と評されることが多いが初邦訳作品『どこに転がっていくの、林檎ちゃん』(垂野創一郎訳/ちくま文庫)はデビュー前のイアン・フレミングが熱烈なファンレターを送ったという復讐譚的な冒険小説だ。

 第一次世界大戦でロシアの捕虜となったオーストリア陸軍少尉ヴィトーリンは、戦争が終わりウィーンに帰った後も捕虜収容所の司令官、幕僚大尉セリュコフへの憎しみを忘れていなかった。恋人、家族、仕事すべてをなげうちヴィトーリンはただ独り革命後のモスクワを目指す。赤軍と白軍の対立、襲いくる吹雪、反革命因子としての訊問。ロシアと欧州を舞台にした大冒険の後、彼はセリュコフと相まみえることができるのか。

 天使も悪魔も出てこない、舞台も作品発表当時の時代に近く歴史小説でもない。ペルッツの作品としては異色だが、当時この作品がベストセラーとなったことは不思議ではない。題名となった「どこに転がっていくの、林檎ちゃん」はロシアの古い童謡だという。ヴィトーリンという"林檎"の復讐の旅が、周囲の人間たちを巻き込みながら大きな使命と化していく様は現代的な冒険小説そのもの。発表から一世紀近くが過ぎた現在においても全く色あせない傑作だ。

 ドゥエイン・スウィアジンスキーといえば『メアリー−ケイト』『解雇手当』と異色すぎるノンストップ・スリラーでカルト的人気を誇った作家だが十年ぶりの邦訳『カナリアはさえずる』(公手成幸訳/扶桑社ミステリー)は、その読者をぶん殴るような導入、ツイストのきいたプロット、タフなキャラクターと作者の魅力はそのままに、少女の爽やかな成長小説に仕上がっている。

 優等生で麻薬どころかアルコールとさえ縁のない大学生活を送っていたサリーは、パーティーの帰り道、魅力的に思える上級生のDという男を車で送っていくことに。だがこのDという男、実は麻薬の密売所への足として彼女を使っていたのだ。密売所を張っていた警官ウィルディに逮捕され、秘密情報提供者になるよう強要されたサリーは、Dを逮捕させるわけにはいかないと他の密売人の情報を集めるようになるが。

 この作者の物語が、優等生が麻薬密売人の捜査を行うドタバタコメディで終わるはずもなく、物語の影でウィルディの捜査チームへの情報提供者ばかりが殺されていることを読者は知ることになる。はたしてサリーは生き残ることができるのか、そして情報提供者を漏らしている内通者の正体は。

 作者の邦訳前二作からすると驚くほど万人受けするサスペンスに仕上がっていて、なんと今回のスウィアジンスキーは爽やかで泣けるのだ。縦軸が秘密情報提供者としてのサスペンスだとすれば、横軸は誰にも現状を言えないサリーと、その家族とのすれ違いのドラマである。奇想天外なだけではない、作者の十年分の進化が楽しめる作品だ。

 ダニエル・ジャドスンの初邦訳作品『緊急工作員』(真崎義博訳/ハヤカワ文庫NV)は帰還兵たちを主人公にした、いたってシリアスな作りのサスペンス・アクションだ。

 イラク、アフガニスタンを転戦した元海兵隊隊員トムのもとに昔の上官からの暗号メッセージが届く。命の恩人である戦友のカヒルがチェチェン人と銃撃戦のすえ、姿を消したというのだ。上官を通じ、彼を捜してほしいという国家安全保障局の依頼を受けたトムはだが、その直後にチェチェン人の襲撃を受けることに。

 次々と裏切りを受け、誰も信じることができない状況からの緊迫した逆転劇だ。二重三重のプロットゆえか会話が説明的すぎる嫌いもあるが、銃器マニアの作者らしく銃器周りの描写も細を穿ち、アクションシーンのリアリティに一役買っている。本シリーズは三作発表済みとのことで、続刊も楽しみに待ちたい。

(本の雑誌 2019年3月号掲載)

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●書評担当者● 小財満

1984年、福岡県生まれ。慶應義塾大学卒。在学中は推理小説同好会に所属。ミステリ・サブカルチャーの書評を中心に執筆活動を行う。

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