追い詰められた女たちを描く『DRY』がいいぞ!

文=北上次郎

  • 博奕のアンソロジー (光文社文庫)
  • 『博奕のアンソロジー (光文社文庫)』
    丁, 冲方,泊, 軒上,一樹, 桜庭,優, 梓崎,綸太郎, 法月
    光文社
    770円(税込)
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  • 秘湯めぐりと秘境駅 旅は秘境駅「跡」から台湾・韓国へ (実業之日本社文庫)
  • 『秘湯めぐりと秘境駅 旅は秘境駅「跡」から台湾・韓国へ (実業之日本社文庫)』
    牛山 隆信
    実業之日本社
    858円(税込)
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 原田ひ香がこういう小説を書くとは思ってもいなかった。すごいな、一気読みである。『DRY』(光文社)だ。

 たとえば、母と祖母と藍の三人が食卓を囲む場面がある。祖母を刺した容疑で逮捕された母を保釈するために、不倫相手を脅したりして一〇〇万を作った藍は、食卓を囲みながら被害届を取り下げるよう祖母に要求する。そうすれば一〇〇万が戻ってくる。「やだね」と言う祖母に、被害届を取り下げれば「お祖母ちゃんに一割あげてもいい」と言い、さらに母には「ママがちゃんとお祖母ちゃんに謝って、保釈金返ってきたら、五万あげてもいい」と言うのだ。そもそも傷害事件の被害者と加害者が同じ食卓を囲んでいること自体、ヘンなのだが、もっとヘンなのは、「え、五万?」と藍の提案を二人とも受け入れることだ。なんなんだこの家族。

 物語のちょうど真ん中に大きな山場があり、そこから後半は一気に進んでいくのだが(これがすごいのだが)、それが何であるのかはネタばれになるので紹介できない。

 介護と貧困をめぐって展開する物語であると書くにとどめておく。極限まで追い詰められた女たちの日々を描く原田ひ香の傑作だ。

 今月は傑作が多い。次は『宮内悠介リクエスト! 博奕のアンソロジー』(光文社)。ギャンブル小説のアンソロジーだが、法月綸太郎の「負けた馬がみな貰う」が素晴らしい。負ける馬の単勝を買い続ける話である。自分の買った馬がもし一〇連敗したら褒賞金は二〇〇〇円。馬券代は別途支給されるが、たったの二〇〇〇円と侮ってはいけない。二〇連敗すると倍の四〇〇〇円。一〇連敗するごとに褒賞金は倍になっていくから、一〇〇連敗するとなんと成功報酬が二〇四万六〇〇〇円。これが簡単なことではないのは賭ける馬は単勝オッズが一〇倍未満の馬でなければダメというルールがあるからだ。誰がみても来そうにない単勝四〇〇倍を超える馬を買ってはダメなのである。単勝オッズが一〇倍以下で、しかも負ける馬の単勝を買い続けるのが与えられた使命なのである。単勝オッズ一・一倍の馬がいるレースで、二番人気の馬がいきなり一五倍だったりすると、そのダントツ人気馬を買うしかなくなって、レースが始まる前から絶望的になるが(それでも負けることがないではないが)、そういうケースも考え抜かれていて、そういうレースはケンしてもいい。

 一〇倍以下の馬しか買えないというルールを付けるだけで、俄然コクが生まれてくることに留意。ギャンブルの神髄は細かなルールにこそあるのだ、という真実がここにある。

 佐川光晴『駒音高く』(実業之日本社)もいい。こちらは将棋小説だ。将棋会館の清掃員から引退間近のプロ棋士、女流棋士に中学生など、将棋に関係するさまざまな人を描く作品集で、うまいなあ。

 将棋の観戦記者を描く第六話「敗着さん」がなかなかにいいが、強い印象を残すのは第三話「それでも、将棋が好きだ」。

 将棋のプロになるには厳しい条件をクリアしなければならず、となると、プロになれない人間も当然いることになる。この第三話は、プロになれなかった者の話だ。それが大人ならまだわかるけれど、中学一年というところに思わず立ち止まる。いつかは断念するにしても、自分の将来の希望をその年齢で断念せざるを得ないのは酷すぎる。中一だぜ。その断念の風景を、この短編は鮮やかに描き出している。

 四冊目のおすすめは、長浦京『マーダーズ』(講談社)。これは「ヘンな話」(私の場合、これは褒め言葉だ)である。普通の商社マンと女性刑事が殺人犯でありながら、普通に暮らしているのだ。そこに一人の女性が現れる。母と姉が行方不明になって、やがて母は死体で発見されるが、姉の行方はわからないまま。そういう事情をかかえた女性である。彼女は、母を殺して姉を誘拐した犯人をみつけてほしいと、彼らに要求してくる。未解決事件の犯人が何を考えているのか、あなたたちならわかるだろう、というのだ。というわけで、商社マンと女性刑事がコンビを組んで捜査に乗り出していく、という話である。この設定自体がすでにぶっ飛んでいるが、その人を食ったようなトーンは物語の底をずっと流れている。不思議な味わいのある小説だ。物語の転がし方もうまく、描写よくリズムよく、大藪賞を受賞した前作『リボルバー・リリー』よりも個人的にはこちらが上位。

 まだ他にも気になる本はあるのだが、あとは来月まわし。今月の最後は、牛山隆信『秘湯めぐりと秘境駅』(実業之日本社文庫)。秘境駅とは、列車以外でたどりつくことが困難な駅のことで、この著者はその「秘境駅マニア」なのである。どの世界でもマニアはすごいものだが、ホント、驚く。秘境駅にとどまらず、その「秘境駅跡」もこの著者にとってはターゲットなのだ。「跡」ということは、そこに何もないのである。なんで行くの? たとえば北海道の宗谷本線の神路という駅は、大正十一年に作られたが昭和六〇年廃止。その跡地に行くために、著者は川の対岸からまず中州に渡り、そこから救命胴衣をつけて入水していくが、川の流れが意外に速く、流されそうになるのだ。そんなことの連続だから、圧倒される。

 しかし個人的に惹かれたのはこの著者の私生活で、会社の駐車場にキャンピングカーをとめ、そこで寝泊まりしていることだ。家庭があるんですよ。でも家が遠くて通勤が大変なので、そういう生活を始めるのだ。いいなあ、これ。秘境駅に関して数多くの著作を持つ人で、いまごろ気がつくなんて遅すぎるが、いやあ、面白かった。

(本の雑誌 2019年4月号掲載)

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●書評担当者● 北上次郎

1946年東京生まれ。明治大学文学部卒。1976年、椎名誠と「本の雑誌」を創刊。以降2000年まで発行人とつとめる。1994年に『冒険小説論』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『書評稼業四十年』(本の雑誌社)、『息子たちよ』(早川書房)がある。

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