『戦場のアリス』の不屈の女性たちに感動!

文=小財満

  • 戦場のアリス (ハーパーBOOKS)
  • 『戦場のアリス (ハーパーBOOKS)』
    ケイト クイン,加藤 洋子
    ハーパーコリンズ・ ジャパン
    1,324円(税込)
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  • アイル・ビー・ゴーン (刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ)
  • 『アイル・ビー・ゴーン (刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ)』
    エイドリアン マッキンティ,解説/島田荘司,武藤 陽生
    早川書房
    1,298円(税込)
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  • 『ザ・プロフェッサー (小学館文庫)』
    Bailey,Robert,ベイリー,ロバート,弘人, 吉野
    小学館
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  • 終焉の日 (創元推理文庫)
  • 『終焉の日 (創元推理文庫)』
    ビクトル・デル・アルボル,宮崎 真紀
    東京創元社
    1,540円(税込)
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 ケイト・クイン『戦場のアリス』(加藤洋子訳/ハーパーBOOKS)は第一次世界大戦中、ドイツ軍占領下のフランスで諜報活動を行っていた実在する女性たちを題材にした歴史ミステリ。ボストン・テラン『音もなく少女は』やエリザベス・ウェイン『コードネーム・ヴェリティ』などに比肩しうる、戦う女性たちを主人公にしたミステリ作品だ。

 第二次世界大戦終戦から二年後の一九四七年。戦時中にフランスで行方不明となった従姉ローズを捜すシャーリーは、ロンドンで潰れた指で拳銃を振り回す酔いどれ中年女イヴのもとを訪れる。人捜しの協力などしないと言うイヴだったが、ローズの最後の消息がフランスの〈ル・レテ〉というレストランであったことを知った途端、態度を翻す。第一次大戦当時、ドイツ軍の占領するパリで〈アリス・ネットワーク〉と呼ばれる情報網の諜報員だった過去を持つイヴは〈ル・レテ〉とただならぬ因縁があったのだ。

 作中では第一次大戦中のイヴの物語と、第二次大戦後のシャーリーの物語が交互に語られる。ローズの運命と、イヴの過去への復讐へと収束していくこの物語の主人公たちは、半世紀以上前、女性というだけで弱い立場に身を置かれた人々だ。婚前に妊娠し大学にも家族にも居場所のないシャーリー。そして吃音というハンデを活かし暗愚のふりをしてスパイとして活動したイヴ。不屈の精神をもつ女性たちの強さと気高さが導く結末は、きっと読者に感動をもたらすはずだ。

 エイドリアン・マッキンティ『アイル・ビー・ゴーン』(武藤陽生訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)はアイルランド紛争下の王立アルスター警察隊警部補ショーン・ダフィを主人公にしたシリーズの第三作。

 一九八四年、IRAによるテロに苦しむアイルランド。一度は降格の上、警察を辞職に追い込まれたショーンはMI5の依頼により警部補として復帰することに。その復帰の条件とは、旧友で現在はIRAの大物テロリストとなっているダーモットの居場所を突き止めることだった。そしてその行方の手がかりを捜すうちに、ショーンは彼の義母に内密の手紙で呼び出される。未解決事件として蓋をされた彼女の娘リジーの死の真相を突き止めればショーンにダーモットの居場所を教えるというのだが......。しかしそのリジーの事件とは、起こるはずのない密室殺人だったのだ。

 ジャンルとしては警察を舞台にしたノワールだが、シリーズ前二作に比べると密室トリックを題材とした点は興味深い。登場人物に「犯人が猿だったってやつは読みました?」と言わせてみたり、ロアルド・ダール「おとなしい兇器」に触れていたりと古典が意識された本作だが、島田荘司の解説によれば作者が英訳された『占星術殺人事件』に影響を受けて書かれたのが本作とのこと。もちろんトリックや物語は『占星術〜』とはまったく別物で、その影響は本格黄金期を思わせる謎解きを物語の支柱としたその精神にあると言えようか。リジーの密室殺人と、ダーモットの行方という二つの謎を追う物語だが、前者は謎解きミステリであることに加えロス・マクドナルド的な悲劇の物語、後者は従来のシリーズどおりある歴史的事件を背景にしたノワールと非常に贅沢な一作だ。

 グリシャムやトゥローを筆頭に弁護士兼法廷ミステリ作家、というパターンは枚挙にいとまがないが、ロバート・ベイリー『ザ・プロフェッサー』(吉野弘人訳/小学館文庫)も弁護士である作者のデビュー作にしてロースクールの元教授トム・マクマートリーを主人公にしたシリーズの第一作だ。

 アラバマ大学でロースクールの教授として長年教壇にたってきた法学者トムは失意のどん底にいた。妻を亡くしたことに続き、大学では新参の学部長に理事会で陥れられ、教授の座を追われることになったのだ。そんなときトムは昔の恋人アンに、彼女の娘一家の命を奪った交通事故の訴訟について相談される。彼は元生徒の駆け出し弁護士リックにチャンスを与えようと彼にこのトラック会社を相手取った弁護を任せ、病気が発覚した自らはマスコミの目を逃れて雲隠れすることに。だが訴訟の相手は証拠隠滅を厭わぬ無法者で、さらにその弁護を行うのはトムを陥れた張本人──大学理事会の顧問弁護士でもある因縁の男、ジェイムソンだったのだ。

 最初に敵の悪事が描かれる倒叙的な作品のため、ミステリというよりは法廷を舞台にしたエンタテインメント小説という枠組みの作品だ。訴訟相手のやり口がわかりやすい証拠隠滅に脅迫と前時代的に感じる点は否めないが、そこに目をつぶれば老いた伝説の法学者が教え子とともに、逆境に負けず四十余年ぶりの法廷に立ち、因縁の巨悪に戦いを挑むという手に汗握る相棒小説だ。物語の周辺を飾るトムの弁護士仲間たちもよいキャラクターをしており、その仲間たちの活躍も描かれるという続編の邦訳を待ちたい。

 ビクトル・デル・アルボル『終焉の日』(宮

(本の雑誌 2019年6月号掲載)

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●書評担当者● 小財満

1984年、福岡県生まれ。慶應義塾大学卒。在学中は推理小説同好会に所属。ミステリ・サブカルチャーの書評を中心に執筆活動を行う。

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