哀しきギャングの逃避行『11月に去りし者』がいいぞ!

文=小財満

  • 11月に去りし者 (ハーパーBOOKS)
  • 『11月に去りし者 (ハーパーBOOKS)』
    ルー バーニー,加賀山 卓朗
    ハーパーコリンズ・ ジャパン
    1,202円(税込)
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  • メインテーマは殺人 (創元推理文庫)
  • 『メインテーマは殺人 (創元推理文庫)』
    アンソニー・ホロヴィッツ,山田 蘭
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  • 『わが母なるロージー (文春文庫)』
    Lemaitre,Pierre,ルメートル,ピエール,明美, 橘
    文藝春秋
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  • 『イヴリン嬢は七回殺される』
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    文藝春秋
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 かっ飛んだ内容で話題となった2014年邦訳のルー・バーニーのデビュー作『ガットショット・ストレート』といえばクライム・ノヴェルの愛好家の方々には記憶に新しいだろうか。この作者の最新作『11月に去りし者』(加賀山卓朗訳/ハーパーBOOKS)が2018年ハメット賞受賞作品と聞いて期待して読んだのだが、もう、これが期待以上。自分の属する組織に命を狙われた哀しきギャングの伊達男の逃避行を描く犯罪小説、かつ愛の物語だ。泣けますぜ。

 1963年。ケネディ大統領暗殺のその日からフランク・ギドリーの運命は変わってしまった。ニューオリンズの暗黒街の顔役カルロス・マルチェロの側近として頭角を現していたギドリーは、カルロスの指示で知らぬ間に自分がケネディ暗殺の片棒を担いでいたことに気づく。それと同時にカルロスは自らとケネディを結ぶ手がかりを隠滅するため、暗殺の関係者に次々と殺し屋を差し向けていた。辛くも殺し屋ポール・バローネの追跡を撒いたギドリーは、ある男を頼ってラスヴェガスへと米国横断の旅をはじめる。

 この旅の途上でギドリーが出会うのはシャーロットという犬と二人の娘を連れた二十八歳の主婦だ。町の誰もが知り合いという小さな田舎町から自分の未来を求めて逃げ出した女性。彼らがどのようにして出会い、そしてその出会いが何を生み出すのかが本作の読みどころだ。本作の表の物語がこの二人の物語だとすれば、裏の物語は殺し屋ポール・バローネの物語だ。彼はギドリー追跡の旅の中で、弁護士になりたいという有色人種の少年を運転手として雇う。この二人の出会いもまた、バローネの人格にある変化をもたらすことになる。旅路の中での人々の出会いと別れが導く意外な結末は、ある意味では美しさをも感じさせるものだ。

『カササギ殺人事件』で昨年注目を集めたアンソニー・ホロヴィッツの最新作『メインテーマは殺人』(山田蘭訳/創元推理文庫)は作者ホロヴィッツ自身がワトソン役(語り手)を務めるという趣向の謎解き/犯人あてミステリだ。葬儀屋に赴き、自らの葬儀の手配をしたその日に自宅で絞殺された資産家の老婦人の謎を、ワトソン役のホロヴィッツとホームズ役のロンドン警視庁の元刑事ホーソーンが追う、という筋なのだが、そのフェアプレー精神の徹底ぶりはすごい。本作は、作家であるホロヴィッツが、ホーソーンの事件解決までをノンフィクションの本にするため彼の捜査について回っており、読者はそのノンフィクションを読んでいる、という設定。

 だがホロヴィッツが雰囲気を盛り上げようと作中で事実に些細な脚色をしただけで、原稿の下読みをするホーソーンが「これはまちがっている」と偏屈さを発揮し、事実のみを書けとホロヴィッツに迫るのだ。したがって本作の記述はすべてホロヴィッツが見た物語上の事実に即していると考えてOK。結末で犯人がわかっている以上、犯人を指すすべての手がかりは作中の記述に必ずある──なんならハッキリ書いてある。にもかかわらずその手がかりが、いわばモザイクの1ピースとしてしか読者の目前には現れないために読者は真実にはたどり着けない、と書けばどれだけ技巧的に優れたことをやっているか理解いただけるだろうか。すごいぞホロヴィッツ。コナン・ドイル財団公認でホームズ作品を手掛ける作者らしく、探偵・助手のコンビものとしても秀逸。自分の本を書けと言うわりにプライベートを明かさない偏屈すぎ&性格の悪いホームズを、徐々にワトソンが理解していく過程が微笑ましい。謎解きミステリで言えば今年のマスト・リードの一作だ。

 フランス人作家ピエール・ルメートルのカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの番外篇『わが母なるロージー』(橘明美訳/文春文庫)は『その女アレックス』と『傷だらけのカミーユ』を繋ぐ中篇だ。本作のカミーユは七つの爆弾を仕掛けたと主張し警察を訪れた若者ジャンの要求に対し頭を悩ますことになる。ジャンは実際にパリ市内で爆弾を爆発させた上で、残りの爆弾の在り処と引き換えに、殺人の容疑で勾留中の自分の母ロージーと自らに十分な金を持たせオーストラリアへ亡命させろとフランス政府に要求したのだ。若者ひとりに警察と政府が振り回されるスラップスティックという体の物語だが、そこに通底する暗い絶望や諦念はシリーズ全体に通じるものだ。

 スチュアート・タートンのデビュー作『イヴリン嬢は七回殺される』(三角和代訳/文藝春秋)は、主人公の人格転移&タイムリープという奇想と、黄金期を思わせる館ものミステリというクラシックな舞台を融合させた意欲作だ。医師セバスチャンとして目覚めた記憶喪失の男が持つ最後の記憶は、森の中で何者かからアナという女性を守れなかったという苦いものだった。男はブラックヒース館の仮面舞踏会に招待され、館の主人の娘イヴリン嬢と親交を深めるが、〈従僕〉と名乗る何者かの仕業で意識を失う。そして目覚めたその瞬間、男の意識はセバスチャンではなく、館の執事の体に乗り移っていた。そうして気絶か殺害されるかする度に他の人間として物語の「一日目」から繰り返しブラックヒース館の数日間を経験するようになった主人公は謎の男〈黒死病医師〉からイヴリン嬢の死──自殺に見せかけた殺人の謎を解くことが館のタイムリープから脱出する鍵だと告げられる。緻密な設定と積極的な小道具の使い方によって、複数の登場人物の視点からブラックヒース館の数日間の様々な意味での「すべて」を描き出す腕はお見事だ。 

(本の雑誌 2019年12月号掲載)

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●書評担当者● 小財満

1984年、福岡県生まれ。慶應義塾大学卒。在学中は推理小説同好会に所属。ミステリ・サブカルチャーの書評を中心に執筆活動を行う。

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