『おれの眼を撃った男は死んだ』にガツンとやられる!

文=小財満

  • おれの眼を撃った男は死んだ
  • 『おれの眼を撃った男は死んだ』
    シャネル・ベンツ,高山 真由美
    東京創元社
    2,420円(税込)
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  • 集結 (P分署捜査班) (創元推理文庫)
  • 『集結 (P分署捜査班) (創元推理文庫)』
    マウリツィオ・デ・ジョバンニ,直良 和美
    東京創元社
    1,100円(税込)
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  • 果てしなき輝きの果てに (ハヤカワ・ミステリ)
  • 『果てしなき輝きの果てに (ハヤカワ・ミステリ)』
    リズ・ムーア,竹内 要江
    早川書房
    2,420円(税込)
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  • ボンベイ、マラバー・ヒルの未亡人たち (小学館文庫 マ 7-1)
  • 『ボンベイ、マラバー・ヒルの未亡人たち (小学館文庫 マ 7-1)』
    スジャータ・マッシー,林 香織
    小学館
    1,320円(税込)
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 ミステリというより文芸作品の色が強い作品だが今月はシャネル・ベンツのデビュー短篇集『おれの眼を撃った男は死んだ』(高山真由美訳/東京創元社)からご紹介。二〇一四年O・ヘンリー賞受賞作品「よくある西部の物語」が収録された十篇からなる短篇集だ。女性が再会した兄の導きで堕ちていくまでを描くノワール作品「よくある西部の物語」や、奴隷制度を是としていた南部の悲劇を語る手記という形式をとった「オリンダ・トマスの人生における非凡な出来事の奇妙な記録」、十九世紀に書かれた小説に現代の研究者が注釈を入れたという形式をとった女性差別を風刺していると思われるシェイクスピア劇風の「アデラ」など。虐げられる人びとを主人公に、人間の残酷な一面を描くスタンスは全篇に通底するものがあるが、作者がその語りの手法に自覚的、かつその手法が多彩で読者をまったく飽きさせない。そしてなにより、その語りが美しいのだ。本稿を読まれた方にはまず公式サイトで試し読みできる「よくある西部の物語」を読んでいただきたい。その円環的な構造が効果的に主人公を暴力の中へと放り込むために用いられており、読者はこの作品に頭をガツンとやられるはずだ。本国では作者の第一長篇"The Gone Dead"も発表されているが、こちらは子供のころに父親が亡くなってから南部を離れていた女性が三十代になって生まれ故郷へ帰り、地元の人間たちと交流するうちに父親の人生と死の真実─人種差別や公民権運動から起きた悲劇を知っていくという、ミステリの要素もある作品のようだ。

『集結 P分署捜査班』(マウリツィオ・デ・ジョバンニ/直良和美訳/創元推理文庫)はイタリア発の警察小説シリーズの第一作。イタリアの警察小説といえば三月刊行だったアントニオ・マンジーニ『汚れた雪』がキャラクター小説として期待以上の出来だったが、本作も群像劇的な警察小説として秀逸の出来だ。本作の冒頭で献辞の中にエド・マクベインの名前があることからわかるとおり〈87分署〉シリーズを意識した作りである。

 上司に疎まれる一匹狼のロヤコーノ警部が左遷先として送り込まれたのはピッツォファルコーネ署。ナポリで最も治安の悪い地域を所轄するこの〈P分署〉は、所属する刑事たちが不祥事から逮捕されて閉鎖寸前の分署で、そこに集められた刑事たちはロヤコーノを筆頭に鼻つまみ者ばかりだった。そんなP分署の急造捜査班の最初の事件は海岸沿いの高級住宅街で起きた資産家の老女の撲殺事件。この事件を解決する糸口を見つけられない捜査班に、さらにある通報が。それは住宅街で若い女性が監禁されているというものだったが。

 複数の事件が並列的に描かれる刑事たちの群像劇は〈87分署〉のファンには馴染みの作りだろう。鼻つまみ者の刑事たちが活躍するという意味で昨年の話題作『パリ警視庁迷宮捜査班』(こちらはフランス・ミステリ)を楽しく読まれた方は必読だ。自信過剰なスピード狂アラゴーナ、無口な女性だが過失発砲で処罰された銃器愛好家アレックスなど問題児ばかりの個性豊かな刑事たちだが、皆やたらと人間臭い。またキャラクター小説というだけに終わらず謎解きの伏線のはり方は意欲的な試みが行われているのも嬉しい。本国では十作を重ねるシリーズとあってこの一作目ではまだ人間関係が発展途上。二作目以降の邦訳を楽しみに待ちたい。

 リズ・ムーア『果てしなき輝きの果てに』(竹内要江訳/ハヤカワ・ミステリ)はフィラデルフィアで最も治安が悪い麻薬売買地域"バッドランズ"ケンジントン地区を舞台にしたミステリ。パトロール警官の女性ミッキーを主人公にした、娼婦を狙った連続殺人犯を追う警察小説であり、行方不明となった麻薬中毒の妹を捜す旅路を描いた重厚な家族小説だ。現在と妹が薬物に手を染めるまでの児童〜青年期とが交互に描かれ、その後の悲劇ゆえに微笑ましいはずの子供時代の姿がただただ悲しい。謎解き部分には伏線の配置など無理があるが、家族小説と考えれば、薬物によって一度壊れてしまった家族が再生への希望を抱くまでを描く素晴らしい小説だ。家族、と一言でいっても家族のなかにも悪党がいるのが当たり前というケンジントン地区ならではの一種独特の価値観が興味深い。

 二〇一八年アガサ賞最優秀歴史小説賞受賞作『ボンベイ、マラバー・ヒルの未亡人たち』(スジャータ・マッシー/林香織訳/小学館文庫)は一九二一年のインド西海岸の港湾都市ボンベイを舞台に、当時では教育を受ける機会が少なかった女性の、弁護士として草分け的な存在という実在した女性をモデルにした歴史ミステリだ。遺産相続の仕事で織物工場の経営者だった男の三人の妻たちが住むボンベイのマラバー・ヒルの屋敷を訪れた主人公パーヴィーンが殺人事件に出くわす、というあらすじ。この本筋と主人公の五年前の過去とが交互に描かれる。過去篇では父親も裕福な一族の出自の弁護士という当時のインドでは進歩的な家庭に生まれながら、インドという国柄、ペルシア移民(パールーシ)という少数民族、そして女性ゆえに法と因習の理不尽に振り回され傷つきながらも主人公が前向きに弁護士を目指すようになるまでが描かれている。そしてこの過去が現在の事件にも影を落とすのだ。殺人事件の謎解きは唐突感があるが、その解決も当時の(一部は今でも続いている)女性を抑圧する因習ゆえのもので興味深い。なお東西で場所は離れているが、昨年邦訳されたアビール・ムカジー『カルカッタの殺人』と同時期のインドが描かれており読み比べても面白いだろう。

(本の雑誌 2020年8月号掲載)

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●書評担当者● 小財満

1984年、福岡県生まれ。慶應義塾大学卒。在学中は推理小説同好会に所属。ミステリ・サブカルチャーの書評を中心に執筆活動を行う。

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