ボッシュ・シリーズ第二十作『汚名』に息を呑む!

文=小財満

  • 汚名(上) (講談社文庫)
  • 『汚名(上) (講談社文庫)』
    マイクル・コナリー,古沢 嘉通
    講談社
    968円(税込)
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  • 汚名(下) (講談社文庫)
  • 『汚名(下) (講談社文庫)』
    マイクル・コナリー,古沢 嘉通
    講談社
    968円(税込)
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  • その裁きは死 (創元推理文庫)
  • 『その裁きは死 (創元推理文庫)』
    アンソニー・ホロヴィッツ,山田 蘭
    東京創元社
    1,210円(税込)
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  • ストーンサークルの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『ストーンサークルの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    M W クレイヴン,柳 智之,東野さやか
    早川書房
    1,298円(税込)
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 マイクル・コナリーの描く刑事ハリー・ボッシュのシリーズを読んでいる期間も足掛け三十年が近くなり、長い付き合いによる欲目がまったくないとは言わないし、『エンジェルズ・フライト』や『シティ・オブ・ボーンズ』のようなテンションの高さを現在のボッシュに求めてはいないのだが、それでも最新のボッシュが最良のボッシュという点については声高に主張してもよいように思う。というわけで今月のトップバッターはハリー・ボッシュ・シリーズ第二十作『汚名』(古沢嘉通訳/講談社文庫)だ。

 ロス市警退職後、サンフェルナンド市警察で未解決事件を手掛ける非常勤の刑事ハリー・ボッシュのもとを訪れたのはロス市警有罪整合性課の人間たちだった。彼らは三十年ほど前にボッシュが死刑囚として刑務所に送り込んだ連続殺人犯ボーダーズの事件を再調査しているというのだ。新たな科学捜査的な証拠が発見されたことで、当時のボッシュの捜査に瑕疵がありボーダーズは無実だったのではないかという疑惑が持ち上がったのだ。ボーダーズの有罪を確信するボッシュは自衛のために異母兄弟である弁護士ミッキー・ハラーの手を借りて事件の背景を探ることに。一方、サンフェルナンド市では薬局を経営する親子が強盗に見せかけ銃殺される事件が起こる。

 本作でボッシュは老体に鞭をうち、三つの事件を追う。ベビーベッドに赤ん坊を残したまま女性が行方不明となった未解決事件、ボーダーズの無実疑惑の真相、そして薬局の親子殺人事件の背後にある麻薬組織の捜査だ。ボッシュと弁護士ミッキー・ハラーがある意味でスーパーヒーロー的な超人であるため、中盤である程度展開の方向性が読める作りになってはいるのだが、本作の真骨頂はラストの五〇ページ。作品の景色がガラリと変わるとともに、作者がボッシュの口を借り「正義とは何か」を語りかけてくるシーンで読者は息を呑むだろう。ボッシュにとって事件の捜査とは麻薬依存症の患者を治療するようなものだ(本作にはボッシュがある薬物依存症の人間に手を貸すエピソードがある)。治療のアプローチは人によって異なり、また患者が薬物に再度手を出せばその治療は無意味かもしれないし、さらには治療行為が本当に患者の望んでいることかは分からない。何が正しいのかを示すことは難しいが、ボッシュは事件を追うことによって己の正義を信じることができるのだ。伏線の回収とどんでん返しで魅せる『エコー・パーク』のようなタイプの作品ではないが、老いてなお純粋なほど正義を求めるボッシュの姿を堪能できる快作だ。コナリーの作品は十一月には『レイトショー』で登場したレネイ・バラードとボッシュが共演を果たす『素晴らしき世界』の刊行も予定されており今から楽しみだ。

『メインテーマは殺人』(名作!)で登場したアンソニー・ホロヴィッツのシリーズ探偵、元刑事のホーソーンとワトソン役の作家アンソニー・ホロヴィッツのコンビが活躍する謎解きミステリのシリーズ第二作『その裁きは死』(山田蘭訳/創元推理文庫)が早くも邦訳された。弁護士が自宅で殺害され、殺害現場の壁にはペンキで"182"という謎の数字が残された。ホーソーンとホロヴィッツが殺人事件の捜査を行っていくと、関連した第二の事件が起こっていたことがわかり......という前作と同じく正面からの謎解き/犯人当てミステリだ。変人の探偵と振り回される作家というコンビの楽しさで読まされていると、どこまでもロジカルな解決編で伏線の緻密さに唸らされる。解決における驚きの度合いは前作のほうが上かもしれないが、個人的には(詳しくは述べられないが)日本の本格ミステリシーンでよく指摘されるある批評的問題に作者が自覚的であることに驚かされた。作者自身が語り手というメタフィクショナルな作りなのでそれもある意味当然なのだが......。現代の謎解きミステリを語る上では必読のシリーズと言えよう。

 連作ミステリ『13・67』で日本でも一躍名を轟かせた陳浩基の2017年の作品『網内人』(玉田誠訳/文藝春秋)は、学生だった妹がネット掲示板の中傷を苦に自殺したため、その姉アイがハッカーのアニエの手を借りその真相を探るエンタテインメント作品だ。妹のクラスメイトや教師の中から妹を陥れた犯人を探し出す謎解きミステリでもあり、アニエが犯人をあぶり出す手法は、さすが日本の本格ミステリにも精通した作者らしいスマートな仕上がり。妹の学生生活を垣間見る青春ミステリの要素と、作者がアルセーヌ・ルパンを意識したという通りアンチヒーローながら快男児アニエの物語が現代のインターネット社会を背景に高いレベルで結実している。

 二〇一九年英国推理作家協会賞最優秀長篇賞受賞作『ストーンサークルの殺人』(M・W・クレイヴン/東野さやか訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)は重大犯罪分析課の刑事ワシントン・ポーを主人公にした警察ミステリの第一作だ。ストーンサークルで老人を次々と火だるまにする謎の連続殺人鬼〈イモレーション・マン〉が出現。焼死体を詳しく調べると、被害者の皮膚には生前に休職中の刑事である主人公の名、「ワシントン・ポー」という字が刃物で刻まれていた......というなんとも魅力的な謎で読まされる作品だ。闇を抱える凄腕刑事の主人公ワシントンと、彼をサポートする超天才分析官ながら世間知らずのティリーの不器用な二人の活躍が楽しい。猟奇連続殺人から一見よくありがちなサイコ・スリラーかと思いきや英国ミステリらしく、コリン・デクスターを思わせるパズラー的な要素もあり、謎解きミステリのファンも要チェックだ。

(本の雑誌 2020年12月号掲載)

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●書評担当者● 小財満

1984年、福岡県生まれ。慶應義塾大学卒。在学中は推理小説同好会に所属。ミステリ・サブカルチャーの書評を中心に執筆活動を行う。

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