なんともええ感じの『ドライブイン探訪』
文=仲野徹
読書の目的ってなんやろ、と考えはることありませんか? ノンフィクションの場合、何らかのテーマについて書かれているわけですが、ほとんどの場合は、知ったところでこれといった意味のない内容です。
もちろん、なんらかの情報を得るために読むこともあります。けど、そのような目的のある読書よりも、どうでもええ内容の本を読む方が読書のレベル高そうな気がします。そんなことないですかね。
ということで、一冊目は、読んでも決して役になど立たないけれど、ほのぼのと昔を思い出させるノスタルジー系の本『ドライブイン探訪』(橋本倫史/筑摩書房)を。
田舎の道を走ると、さみしいドライブインや、朽ち果てた廃墟のようなドライブイン跡を見ることがよくある。ドライブイン、そういえば最近とんと利用したことがない。
高速道路網が発達し、道の駅が整備されたことがドライブイン衰退の大きな理由である。思えば、自動車旅行も味気なくなったものだ。しみじみ。
そんな中、いまも経営を続けているドライブインを丁寧に取材してある。どれもがファミリービジネスである。
どのドライブインも、かつてはむちゃくちゃ儲かったけれど、いまはそれほどでもない。それでも、お客さんが来てくれる限り続けたいというオーナーさんばかりなのがうれしい。
北は北海道から南は沖縄まで、文字通り日本中が網羅されているが、まず行くことはないであろう22のドライブインである。読んで意味があるとは思えない。しかし、なんともええ感じがしてくる一冊だ。
次は『公衆サウナの国フィンランド』(こばやしあやな/学芸出版社)を。サウナといえばフィンランド。タイトルのとおり、フィンランドにおける公衆サウナについて書かれた本である。
「フィンランド版銭湯に学ぶ」と本の帯にあるように、フィンランドの公衆サウナと日本のお風呂屋さんはかなり似ている。
フィンランドのサウナというと、湖のほとりにあって、真冬には凍り付いたような湖水に飛び込む、というのが日本人のいだくイメージだろう。
しかし、これは一般的ではなくて、フィンランド人でも一生経験しない人が結構いるらしい。そら、みんながあんな酔狂なことをしてるわけないわなぁ。
というように、読めば賢くはなるのであるが、知っていてもさして意味はなさそうだ。けど、こういう意味なきことを頭にいれていくことこそ、人生を芳醇にする術ではなかろうか。って、ちょっとたいそうですかね。
ちなみに、著者であるこばやしさんが案内するフィンランドサウナツアーというのがあるらしい。むっちゃ参加してみたくなってしまうのが、この本のもたらすデメリットであります。
歌舞伎やら時代劇を見ていると、色街とか遊女とかがよく出てくる。なんとなくイメージできるが、今や絶滅してしまったので、詳しいことはよくわからない。これも知っていたところで役には立たない。けど、なんとなくそそられはしませんか。
『江戸を賑わした 色街文化と遊女の歴史』(安藤優一郎監修/カンゼン)は、そんなことを知ってみたいあなたにベストの一冊である。
遊女と遊ぶしきたりや値段が紹介される。吉原だけが別格で、その他と区別されていたとは知らなんだ。色街が発展したのは、宿場町、寺社町、そして川沿い、と言われると、なるほどという気がする。男色専門の陰間茶屋というのもあったらしい。
ほぉ、なるほどなぁ、って、やっぱり知ったところで意味ないですよね。けど、この本、浮世絵とか春画とかのカラー図譜も豊富でかなり楽しめます。
『運命を変えた大数学者のドアノック』(加藤五郎/岩波書店)は、あまり有名ではない──というのは失礼だけれど、ご本人がそう書いておられるからしかたない──在米の数学者のエッセイ集である。
タイトルの大数学者の名前はドゥリング、といってもほとんど誰も知らないだろう。もちろん私も知らなかった。
その先生やら数学研究の話である。数学の内容もまったくわからない。そんな本、どこがおもろいねん、と思われるだろう。私もそう思って読み出した。
しかし、面白いのである。透明な文章で、様々な思い出が語られていく。思いもかけず、一気に読み終わってしまった。もちろん、意味はない。それだけに読書を純粋に楽しめる。
『かなり役立つ! 古文単語キャラ図鑑』(岡本梨奈/新星出版社)は、ときめく、あはれ、ねんごろなり、など、古文単語にかわいらしいキャラクターをつけて、その意味をわかりやすく解説してある本。
あぁ、なるほど、今と違って昔はこういう意味もあったのかと納得させられる。そして、日常生活で古文単語を使ってみようという気になる。
しかし、ひとつ大きな問題がある。昔の意味で使ったところで、周囲が理解してくれへんやないですか。絶対、かなり役立ったりしませんからっ! でも、むっちゃおもろいです。
『めんそーれ! 化学』(盛口満/岩波ジュニア新書)は、タイトルからは何の本かわかりにくい。サブタイトルは「おばあと学んだ理科授業」で、沖縄の夜間中学で、おばあを相手に化学を教えた記録である。
料理や石けん作りを題材に、そこでどんな化学反応がおこっているのかを教えていく。
面白いのは、おばあたちの実体験に基づいたツッコミである。化学的にどうかを知ったところでどうなる訳ではない。しかし、こういうことを知っているだけで、やっぱり生活が豊かになりそうな気がするのであります。
(本の雑誌 2019年4月号掲載)
- ●書評担当者● 仲野徹
1957年、大阪市生まれ。大阪大学医学部卒業、3年間の内科医として勤務の後、基礎研究の道へ。本庶佑教授の研究室などを経て、大阪大学医学部教授に。専門は「いろいろな細胞はどのようにできてくるのかだろうか」学。『本の雑誌』を卒業し、讀賣新聞の読書委員に出世(?)しました。趣味は、僻地旅行、ノンフィクション読書、義太夫語り。
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