令和元年に読む昭和ノスタルジー本だ!

文=仲野徹

  • 『裏昭和史探検』風俗、未確認生物、UFO・・・
  • 『『裏昭和史探検』風俗、未確認生物、UFO・・・』
    小泉 信一
    朝日新聞出版
    1,430円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか (青春新書インテリジェンス)
  • 『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか (青春新書インテリジェンス)』
    熊谷 徹
    青春出版社
    994円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 書かずに死ねるか 難治がんの記者がそれでも伝えたいこと
  • 『書かずに死ねるか 難治がんの記者がそれでも伝えたいこと』
    野上 祐
    朝日新聞出版
    1,320円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 令和になった。昭和はすでに二つ前の元号だ。平成にとっては大正、昭和だと明治、、二つ前の元号の時代はえらく古くさい感じがしてしまう。だからという訳ではないのだが、まずは昭和ノスタルジー本を。

『裏昭和史探検』(朝日新聞出版)は、朝日新聞の小泉信一記者の本。なんでもこの記者さんは日本で唯一の大衆文化担当編集委員らしい。なんか、ええ感じの委員やないの。

 三部構成で、第一部は、トルコ、愛人バンク、秘宝館、アルサロ、のぞき部屋、キャバクラ、テレクラなど、風俗関連を紹介する「夜の街をたどって」。こうして並べて見ると、昭和の風俗はむちゃくちゃ豊かで怪しげやったんやなぁ。

 トルコといっても、もちろん国の名前でなくてトルコ風呂、いまでいうソープランド。トルコ風呂がどうして成立したか、そして、その名前がどんな理由と経緯でソープになったのか。むっちゃ勉強になりました。

 愛人バンクといえば、筒見待子の「夕ぐれ族」とかいうても、わかりませんわな。他にも、ノーパン喫茶の元祖「あべのスキャンダル」とか、一定以上の年齢のおっさんにはうけまくること間違いなし。

 第二部「未確認生物をたどって」では、ツチノコ、クッシー、ヒバゴン、「あたし、きれい?」の口裂け女など。なんであんなにブームになったんやろうと思うものがいっぱい。

 最後の第三部「UFO伝説をたどって」もそうですけど、平成の間に、日本人は非科学的なものを受け入れる能力を失ってしまったんかもしれませんね。科学を生業にする者がこんなこというたらあかんのかもしれんけど、なんだか寂しい。

 ちょっと前、一月の出版になりますが、昭和関係でもう一冊『街角の昭和遺産』(河畑悠/彩図社)を。こちらは、平成の間に街角からなくなっていった風景についての本。

 ちゃちな乗り物ばっかりやったけど、デパートの屋上にあった遊園地の楽しみ。駄菓子屋さんでクジ引きのお菓子を買う時のワクワク。初めてストリップ劇場へ入る時のドキドキ。さまざまな記憶が蘇る。しかし、こういったものは世の中から消え去りつつあるのです。

 ほかにも、野菜の行商、氷屋、チンドン屋、靴磨き、おでん屋台、などなど、いまも踏ん張っている人たちへのインタビューがなんとも懐かしくてたまらない。いまは絶滅危惧だけれど、令和の終わるころには完全に消滅しているかもしれないと思うとなんだか悲しい。

 前にも書いたかもしれませんが、義太夫を習っておりまする。なんやそれは、という人もおられるかもしれませんが、文楽(人形浄瑠璃)で、三味線にあわせて筋を語るのが義太夫でございます。

 あまり人気があるとは言えない文楽だが、江戸時代から三百年も続いているっちゅうのはたいしたものだ。文楽は、太夫、三味線、人形遣いの三業一体の芸といわれる。それぞれの人たちが連綿と芸を引き継いでこられたからこそ今がある。

 三味線の第一人者、人間国宝七代目鶴澤寛治師匠、残念ながら昨年9月にお亡くなりになられた。その遺作となる本が『うたかた 七代目鶴澤寛治が見た文楽』(中野順哉/関西学院大学出版会)である。

 やはり人間国宝であった六代目寛治の実子であり弟子でもあった七代目。さまざまな話が、その三味線の音色のように美しく綴られていく。

 もちろん、父の手ほどきなども書かれているが、こういった本にしては、芸談はあまり多くない。それよりも、昭和の文楽史といった内容がメインで、貴重な資料になっている。

 なかでも、子ども時代の思い出話がいい。戦前の大阪市内である。あぁ、こんな景色があったのか、こんな風物があったのかと、いくたびも遠い目をしながら読んだ。ホンマ、昭和は遠くなってしもうたんやなぁ。

 昭和64年、たった7日しかなかった昭和最後の年、若き仲野青年(わたしです、念のため)は、分子生物学を研究すべく西ドイツへと旅だった。2年たらずのドイツ生活だったが、そこで学んだものは多かった。

 以来、ドイツ贔屓で、ドイツ関連本をよく読む。長年ドイツに在住のジャーナリスト熊谷徹の『ドイツ人はなぜ、年290万でも生活が「豊か」なのか』(青春新書インテリジェンス)もそんな一冊。

 基本的に、ドイツ人はケチで愛想が悪い。ドイツ嫌いな人はそういったあたりが気に入らないようだが、慣れてしまえばどうということはない。逆に、だからこそ、ドイツ人はお金を使わずに豊かに感じて暮らしていけるのである。

 さて、どちらがいいのだろう。サービスがよくて愛想がよくて、でもお金がかかって豊かさをあまり感じられない日本と、ドイツのような国と。意見が分かれるかもしれないが、国としての借金がドイツはゼロ、日本は一千兆円以上、ということを勘案したらドイツに軍配をあげたくならないだろうか。

 独立数学者・森田真生の『数学の贈り物』(ミシマ社)は、息子のことなど日常生活を描きながら、数学的な考察へとつなげていく珠玉のエッセイ集。いや、その思索の深さから、随筆集と呼ぶべきか。

 なんだか心が洗われるようで、ホンマにええ贈り物をもらったような気分になりました。

 最後は政治記者だった野上祐のコラム集『書かずに死ねるか 難治がんの記者がそれでも伝えたいこと』(朝日新聞出版)を。

 末期の膵臓がんに耐えながら、闘いながら書かれたコラム。難治がんを生きるというのはこういうことなのか。自分はこういう生き方ができるだろうか。考えさせられた一冊。

(本の雑誌 2019年6月号掲載)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 仲野徹

1957年、大阪市生まれ。大阪大学医学部卒業、3年間の内科医として勤務の後、基礎研究の道へ。本庶佑教授の研究室などを経て、大阪大学医学部教授に。専門は「いろいろな細胞はどのようにできてくるのかだろうか」学。『本の雑誌』を卒業し、讀賣新聞の読書委員に出世(?)しました。趣味は、僻地旅行、ノンフィクション読書、義太夫語り。

仲野徹 記事一覧 »