米中2国が響き合う『謎SF』が楽しい!

文=大森望

  • 中国・アメリカ 謎SF
  • 『中国・アメリカ 謎SF』
    柴田 元幸,小島 敬太,柴田 元幸,小島 敬太
    白水社
    2,200円(税込)
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  • ダーク・ロマンス (異形コレクションXLIX)
  • 『ダーク・ロマンス (異形コレクションXLIX)』
    井上 雅彦・監修,平山 夢明(著),上田 早夕里(著),澤村 伊智(著),櫛木理宇(著),黒木 あるじ(著),加門 七海(著),井上 雅彦(著),伴名 練(著),坊木 椎哉(著),菊地 秀行(著),図子 慧(著),真藤 順丈(著),牧野 修(著),荒居 蘭(著),篠田 真由美(著)
    光文社
    1,100円(税込)
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  • 蠱惑の本 (異形コレクションL)
  • 『蠱惑の本 (異形コレクションL)』
    平山 夢明,真藤 順丈,三上 延,坂木 司,澤村 伊智,木犀 あこ,井上 雅彦,大崎 梢,斜線堂 有紀,柴田 勝家,朝松 健,宇佐美 まこと,倉阪 鬼一郎,北原 尚彦,間瀬 純子,井上 雅彦(著)
    光文社
    1,100円(税込)
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  • それをAIと呼ぶのは無理がある (単行本)
  • 『それをAIと呼ぶのは無理がある (単行本)』
    支倉 凍砂
    中央公論新社
    1,650円(税込)
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  • 千の夢 (スモール・ベア・プレス)
  • 『千の夢 (スモール・ベア・プレス)』
    岡本俊弥
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 謎SFって何?──と思った時からまんまと編者の術中にハマっている。柴田元幸・小島敬太編訳『中国・アメリカ 謎SF』(白水社)★★★★は、日本でまだあまり知られていない米中の(比較的)新しい作家の初訳短篇7篇(米国3、中国4)を交互に並べるユニークな翻訳SFアンソロジー。柴田元幸担当の米国篇では、インド出身の素粒子物理学者ヴァンダナ・シンの「曖昧機械──試験問題」が出色。不可能機械(そもそも存在しないし存在しえない機械)をめぐる三つの記述の抜粋という体裁で、
「すべての機械は願いを叶えてくれるが、中には想定した以上に叶えてしまう機械もある。そのような機械のひとつが、アルタイ山脈にある石造りの建物で青年期の盛りの年月を囚人として過ごしたモンゴル人技術者によって考案された。この機械の目的は、彼が愛する者の顔を呼び出すことであった」(記述1冒頭)と言うのだからまさに謎マシンである。レム/ボルヘスばりの架空論文スタイルから抒情方向にジャンプするあたりは円城塔っぽくもあるが、それにしてもなぜ試験問題? スラデックとか好きなん? と思わず問い詰めたくなる傑作だ。

 ブリジェット・チャオ・クラーキン「深海巨大症」は、海修道士との接触のため深海に赴く奇天烈な話。マデリン・キアリン「降下物」は変貌した未来の描写が冴える終末もの。

 小島敬太担当の中国SFでは、トップを飾る懐かしいテイストの電脳SF、ShakeSpace(遥控)「マーおばさん」も悪くないが、梁清散「焼肉プラネット」の愛すべきバカSFぶりが突出している(まさか、田中啓文「嘔吐した宇宙飛行士」への返歌?)。ケンブリッジ大学の環境経営学修士号を持つ'91年生まれの若き"高知美女"王諾諾の2篇(遺伝子改良ものとシュレーディンガーの猫もの)はどちらもわりとストレートな味が楽しい。巻末の解説対談で編者二人が語るとおり、図らずも米中の作品が共通テーマで響き合うような編成になっていて、2国アンソロジーならではの妙が味わえる。

 対する日本では、ホラー系テーマ別競作アンソロジーの金看板、井上雅彦監修《異形コレクション》が9年ぶりに復活、昨年11月と12月に、第49巻『ダーク・ロマンス』★★★★と、第50巻『蠱惑の本』(光文社文庫)★★★★が出ている。満を持しての復活だけに、ともに作品のレベルは高いが、SF度で比べると『ダーク・ロマンス』の方がやや上か。限定的な知性を持つ原住生物を家畜化している植民惑星を舞台にした黄金時代のアイデアSF風の話をそれとはまったく違うスタイルで語る平山夢明「いつか聴こえなくなる唄」がなかなか強烈。上田早夕里「化石屋少女と夜の影」は、化石の発掘をきっかけに科学への憧れを募らせる少女に訪れる"不思議のひと触れ"を抒情的に描く佳品。伴名練「兇帝戦始」は、義経伝説に取材したまさかのチンギス・ハン秘話。牧野修「馬鹿な奴から死んでいく」は呪術医と魔女の死闘を描くマキノ節炸裂のサイキックアクションの快作。怪奇系では、「女優霊」にオマージュを捧げるホラー映画撮影バックステージものの澤村伊智「禍 または2010年代の恐怖映画」がすばらしい。

『蠱惑の本』は書物がテーマ。巻末に置かれた北原尚彦「魁星」は晩年の横田順彌との交友に架空の古本ネタを混ぜた回顧的な古典SF幻想譚。古くは平井和正「星新一の内的宇宙」あたりまで遡る実在SF作家ものだが、一種の弔辞でもあり、横田順彌ファンは必読。柴田勝家の「書骸」は本の剥製をつくる話。ど、どうやって? と思う人はぜひ読んでみてください。斜線堂有紀「本の背骨が最後に残る」は、本が紙ではなく人間に記録される国を舞台に、食い違った物語を宿す2冊の"本"がそれぞれ自分こそ正しいと論じ合う"版重ね"(負けた方は焚書される)を描く特殊設定ミステリ(題材は「白往き姫」)。一種の法廷もののような謎解きとどんでん返しが楽しい。三上延「2020」は"本の島"を舞台にしたユニークな図書館幻想譚。紙幅の都合で一部しか紹介できなかったが、2冊とも、全15篇を収録。次巻は5月刊行予定とのこと。

 支倉凍砂『それをAIと呼ぶのは無理がある』(中央公論新社)★★★は、可視化させたAIを(守護霊的な)相棒として同伴することが(とくに高校生以下の子どもたちの間で)一般化した近未来を背景とする、全5話の青春小説連作集。人間を映す鏡としてのAIがごく自然に瑞々しく描かれていて、好感度が高い。

 岡本俊弥『千の夢』(スモール・ベア・プレス)★★★は、著者4冊目となる私家版短篇集。今回は、"会社"をテーマにした12篇を収録する。眉村卓や北野勇作の"会社員SF"と違って、研究開発やシステム運用がしばしばモチーフになる理系的視点が特徴か。筒井康隆「鍵」を古いPCに置き換えたような戦慄の電子ホラー「見えないファイル」、ディープステート的な陰謀論を信じる部下の人事考課に女性上司が悩む「陰謀論」が印象に残った。

 最後に、SF要素が微量なので紹介を他ページに譲った2冊、冲方丁『アクティベイター』と佐藤究『テスカトリポカ』は、ともに当欄では★★★★★クラス(年間ベスト級)の傑作なので、SF読者もお見逃しなく。前者は〈シュピーゲル〉シリーズを現代に持ってきたようなノリノリのエンターテインメント活劇+国際謀略サスペンス、後者はメキシコの麻薬密売人とアステカの神が川崎にやってくる神話的(諸星大二郎的)️ノワール。すごいよ。

(本の雑誌 2021年4月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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