多彩なアイデアの作品集『あと十五秒で死ぬ』を堪能!

文=古山裕樹

  • あと十五秒で死ぬ (ミステリ・フロンティア)
  • 『あと十五秒で死ぬ (ミステリ・フロンティア)』
    榊林 銘
    東京創元社
    1,980円(税込)
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  • イン・ザ・ダスト (ハヤカワ文庫JA) (ハヤカワ文庫 JA ナ 6-2)
  • 『イン・ザ・ダスト (ハヤカワ文庫JA) (ハヤカワ文庫 JA ナ 6-2)』
    長沢 樹
    早川書房
    1,100円(税込)
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  • 彼女は僕の「顔」を知らない。 (メディアワークス文庫)
  • 『彼女は僕の「顔」を知らない。 (メディアワークス文庫)』
    古宮 九時
    KADOKAWA
    693円(税込)
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 首が取れても十五秒以内に胴体にくっつければ死なない。一定の条件を満たせば、他人の胴体でもかまわない。

 何を言ってるんだ? と思われるかもしれない。私も、最初はそう思った。

 これは、榊林銘『あと十五秒で死ぬ』(東京創元社)の一編、「首が取れても死なない僕らの首無殺人事件」の作中でのルールである。首が取れてもすぐには死なない、特異体質の人々が暮らす島。そこで起きた、首のない焼死体がもたらす謎と騒動。奇異な設定のもとで、首と胴体が離れたりくっついたりする、奇異な場面が全編にわたって続く。

 首の着脱が最大限に活かされるクライマックスは実に賑やかで、その場のシュールな様子を想像すると笑いが止まらない。もちろん、死体の謎も首の行方も、きちんと論理的に片がつく。首の周りがぞわぞわする、忘れることのできない作品だ。

 奇異な発想をロジカルに固めた結果、時にこういう珍妙きわまりない光景を見せてくれるのが、ミステリというジャンルの大きな魅力である。

 本書に収められた作品は、これを含めて全部で四編。他の三編もまた、様々な状況での「十五秒」をテーマとしたミステリだ。多彩なアイデアを堪能できる一冊である。

 冲方丁のデビュー25周年記念作『アクティベイター』(集英社)は、中国からの亡命者をめぐる謀略劇だ。

 日本の領空に飛来した中国の新型爆撃機。パイロットは日本への亡命を求め、機体は羽田空港へ。警視正の鶴来誉士郎はパイロットの護送を命じるが、彼女は何者かに拉致されてしまう。一方、警備会社に勤める真丈太一は、顧客の中国人の邸宅で主の死体を発見、さらに不審者と死闘を繰り広げる。

 表向きは単なる警備会社の従業員の真丈と、警視正の鶴来。主役の二人はもちろん、亡命者のパイロットから敵役に至るまで、キャラクターの造形も印象に残る。

 共に事態の収束を担う役割とはいえ、主役両者のポジションは対照的だ。真丈は都内を駆け回り、肉弾戦を繰り広げる「動」。鶴来は国や組織の思惑が入り乱れる中での頭脳戦を担う「静」。静と動が絡み合い、物語を駆動する。

 国同士はもちろん、国内の省庁間の駆け引きも錯綜する。警察、自衛隊、外務省、さらには経済産業省までがそれぞれの思惑で動き回る。

 縦割り官僚機構のリアリティと、娯楽に振り切ったアクションが重なって、複雑な展開を一気に読ませる。解像度の細かいアクション描写がもどかしく感じられるくらいに、ページを繰る手が止まらない。

 深町秋生『鬼哭の銃弾』(双葉社)も、強烈な人物造形で記憶に残る作品だ。

 刑事・日向直幸が捜査する発砲事件に用いられた拳銃の線状痕は、二十二年前の未解決事件に使用された拳銃と一致した。日向の父・繁も刑事で、かつてこの事件を追っていた。過去の事件を追う直幸は、父の執念と対峙する......。

 過去と現在の事件を追う物語は、そこだけ取り出せば警察小説の典型だ。だが、父の存在が、枠からはみ出す過剰さを感じさせる。

 そのキャラクターは強烈だ。執念深く事件を追い続けた刑事である一方、家族には暴力をふるい、父と子の関係は断絶状態に。行方も分からなかった父が、直幸の現在にも関わってくる。

 深町作品に登場する、妄執を抱えた人々の中でも、ひときわ強い印象を残す。まるで共感はできないが、その存在は忘れることができない。作者得意のバイオレンス描写と人物の個性が響き合い、読む者を圧倒する。

 こちらも人物の魅力に負うところの大きい作品だ。長沢樹の『イン・ザ・ダスト』(ハヤカワ文庫JA)は、前作『ダークナンバー』に続いて、警察と報道という異なる立場に属する二人の女性が、真相究明のために奔走する物語だ。

 テレビ局に勤める土方玲衣は、過去の爆破テロ事件の映像に不自然な痕跡を見出す。一方、警視庁の渡瀬敦子は、互いに関係のなさそうな複数の事件の間に、奇妙な共通項が存在することに気づく......。

 過去と現在の複数の事件を追う、複雑ながらも地道な展開から、やがて現在進行形のスピーディな物語へと転じる。

 ストーリーはきわめて複雑に錯綜する。盛り込まれる事件密度の濃さゆえに、全体を俯瞰するのはやや大変。だが、この複雑さが物語のスリリングな側面を支えていて、両者は表裏一体。

 表裏一体といえば、主役の二人の関係もそうだ。警察と報道という立場の違いゆえに、それぞれの目的も異なり、全面的に協力しあうことはない。だが、要所要所で互いにそっと手を差し伸べる。男社会の職場でタフに生き抜く凜とした姿もまた、本書の大きな魅力だ。

 古宮九時『彼女は僕の「顔」を知らない。』(メディアワークス文庫)は、十年前に起きた放火事件を生き延びた少年と少女の物語。ミステリの枠組みを利用した青春小説で、謎解き自体の味付けは薄い。

 他人の負の感情に過度に同期して、憂鬱になったり胃を痛めてしまう体質の良。同じ高校に転校してきた静葉は、良と同じく十年前のキャンプ場火災の生存者だった。だが、彼女は相貌失認──人の顔を識別できない病だった。静葉の願いで、十年前の真実を探ることに......。

 ミステリとしては薄めとはいえ、物語と仕掛けが響き合う構造は魅力に富んでいる。人間関係の中に埋められた秘密が明かされる展開は、謎の解明による快楽を満喫できる。秘密の解明が、主人公たちの関係を変えてしまう。その苦さと甘さが心に焼き付く物語だ。

(本の雑誌 2021年4月号掲載)

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●書評担当者● 古山裕樹

1973年生まれ。会社勤めの合間に、ミステリを中心に書評など書いています。『ミステリマガジン』などに執筆。

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