阿津川辰海『星詠師の記憶』の推理の激突を見よ!

文=千街晶之

  • 火曜新聞クラブ―泉杜毬見台の探偵― (ハヤカワ文庫JA)
  • 『火曜新聞クラブ―泉杜毬見台の探偵― (ハヤカワ文庫JA)』
    階 知彦,焦茶
    早川書房
    770円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 私が大好きな小説家を殺すまで (メディアワークス文庫)
  • 『私が大好きな小説家を殺すまで (メディアワークス文庫)』
    斜線堂 有紀
    KADOKAWA
    671円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 奇譚蒐集録: 弔い少女の鎮魂歌 (新潮文庫nex)
  • 『奇譚蒐集録: 弔い少女の鎮魂歌 (新潮文庫nex)』
    朔, 清水
    新潮社
    649円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 二○一七年、石持浅海と東川篤哉が審査員を務める新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」の第一回入選作『名探偵は嘘をつかない』でデビューした阿津川辰海が、第二作『星詠師の記憶』(光文社)を発表した。

 未笠木村で産出される紫水晶を、星詠師と呼ばれる特殊能力者が抱いて眠ると、そこには未来の映像が記録されるという。ある夜、最も強い能力を持つ星詠師である石神赤司が頭部を銃で撃たれた死体となって見つかったのだが、現場にあった紫水晶には、赤司の息子・真維那による犯行の瞬間の映像が記録されていた。真維那の無実を信じる香島少年の頼みを引き受けた休職中の刑事・獅堂由紀夫は真相究明に乗り出す。

 前作『名探偵は嘘をつかない』が、山口雅也や西澤保彦、あるいは『逆転裁判』に影響を受けた特殊ルール本格であったように、本書も予知夢を記録する紫水晶というファンタジー風の設定を導入した特殊ルール本格に仕上がっている。といっても、その幻想的な設定を、あくまで現実と地続きの世界に接続するため、著者はちょっと類例が珍しいほどに細心の注意を払っている。予知映像にはっきり犯行の瞬間が映っている容疑者の無実をいかにして証明するかというメインの興味は前作に続き『逆転裁判』風。おそろしく綿密に考え抜かれた犯人の計画と、一見些細な手掛かりからそれを暴いてゆく獅堂の推理の激突は圧巻だ。デビュー作であるが故に盛り込み過剰という印象もあった前作に対し、今回は謎解き自体は複雑ながらもよりすっきりしたプロットであり、著者のプロ作家としての今後の活躍を期待させる。

 階知彦は、小説投稿サイト「エブリスタ」に発表した作品を書籍化した『シャーベット・ゲーム オレンジ色の研究』がスカイハイ文庫から刊行されてデビューした、本格ミステリ界の期待の新鋭である。新作『火曜新聞クラブ 泉杜毬見台の探偵』(ハヤカワ文庫JA)は初めてライト文芸レーベル以外から出た著作だが、学園ミステリ仕立ての作風は基本的に変わっていない。

 泉杜高校一年生の植里礼菜(私)と幡東美鳥は新聞クラブを立ち上げた。創刊一面トップの記事は、謎の人物の寄付金によって駐輪場が建設されるというものだったが、土壇場になって寄付はキャンセルされ、記事は差し替えを余儀なくされた。そして、講師館の一室では殺人事件が起きる。

 密室状態の現場、意味不明のダイイング・メッセージ......謎に満ちた事件の解明に乗り出すのは、御簾真冬という銀髪の不思議な少年。「シャーベット・ゲーム」シリーズの主要登場人物名がシャーロック・ホームズ・シリーズのもじりであったように、本書の場合も、御簾真冬はミス・マープル、植里礼菜はその甥のレイモンド・ウェスト、幡東美鳥はマープルの友人ドリー・バントリー......といった具合に、アガサ・クリスティーのミス・マープル・シリーズの登場人物を踏まえている。名前のみならず、真冬は動機を重視するマープル式推理を駆使して真相に迫るのだ。

 密室トリックなどは一見シンプルに感じるが、事件関係者たちの動きは思いのほか複雑。しかも、読者の先入観を利用した最後のどんでん返しは完全に想定外で驚かされた。

「キネマ探偵カレイドミステリー」シリーズで知られる斜線堂有紀の『私が大好きな小説家を殺すまで』(メディアワークス文庫)は、これまでとかなりテイストが異なるダークなノン・シリーズ作品。人気小説家が失踪し、自室のクローゼットには何者かがいた痕跡が残っていた。そして、ノートパソコンのドキュメントファイルには、その同居人が書いたと思しき小説が......。

 一言で言えば、「出会ってはいけなかった二人の物語」ということになるだろうか。自殺しようとしていたところを小説家に命を救われた女子小学生は、成長とともに相手への依存を深め、小説家はスランプに陥って少女の文才に頼る。最初から噛み合っていなかった歯車が、動き出すにつれて更に歪みを大きくしてゆく物語のようでもあるし、崇拝・愛情・嫉妬・憎悪などの歯車が、運命という設計図のもと正確に噛み合って崩壊へと二人を導いているかのようでもある。出会ったこと自体が間違いだったのだとしても、やはりこの二人はこうなるしかなかったのかも知れない。読む者の感情を掻き乱さずにはおかない心理サスペンスであり、個人的には、桜庭一樹が『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』で大化けした時のことを思い出した。

 清水朔『奇譚蒐集録 弔い少女の鎮魂歌』(新潮文庫nex)は、日本ファンタジーノベル大賞2017の最終候補に残った「御骨奇譚」を改題・改稿した作品。大正二年、華族の四男で生物学者の南辺田廣章と若き書生の山内真汐は、琉球本島から二日以上かかる恵島を来訪した。この島では御骨子と呼ばれる少女たちが、洞窟で遺体から骨を抜く葬送儀礼に従事していた。

 琉球や薩摩にも属さない歴史を持つ秘島、百年前に島を吹き荒れた大量虐殺、御骨子たちの肌に浮かぶ青黒い呪いの痣......といったおどろおどろしい謎とともに、廣章主従の前に次第に明らかになってゆくのは、弔いを請け負う「祓い屋」にこき使われる少女たちの過酷な境遇だ。多方面に亘る知識を持つ廣章の明晰な推理によって謎は合理的に解明されるのか、それとも呪いは存在するのか。そもそも廣章主従は何のために島を訪れたのか。三津田信三の刀城言耶シリーズをもっとホラー寄りにしたような作風であり、この主従をレギュラーにしてシリーズ化も期待できそうだ。

(本の雑誌 2019年1月号掲載)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

千街晶之 記事一覧 »