神津凛子の"オゾミス"デビュー作『スイート・マイホーム』登場!

文=千街晶之

  • あなたの罪を数えましょう (講談社タイガ)
  • 『あなたの罪を数えましょう (講談社タイガ)』
    菅原 和也
    講談社
    759円(税込)
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  • お前の彼女は二階で茹で死に
  • 『お前の彼女は二階で茹で死に』
    白井 智之
    実業之日本社
    1,870円(税込)
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  • 推理作家(僕)が探偵と暮らすわけ (メディアワークス文庫)
  • 『推理作家(僕)が探偵と暮らすわけ (メディアワークス文庫)』
    久住 四季
    KADOKAWA
    671円(税込)
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 帯に「選考委員全員戦慄」「『イヤミス』を超えた、世にもおぞましい『オゾミス』誕生。」といったセンセーショナルな惹句が並んでいるのは、神津凛子のデビュー作『スイート・マイホーム』(講談社)。第十三回小説現代長編新人賞の受賞作だ。

 スポーツインストラクターの清沢賢二は、一台のエアコンで家中を暖められる一軒家に引っ越した。ところが、この家で不可解な現象が続発する。家を訪れた人々は恐ろしいものを目撃し、賢二の妻は赤ん坊の瞳に映った何者かの顔を目にして戦慄する。一方、賢二の不倫相手のもとには悪意ある写真が送られてきた。事態はどんどん悪化し、とうとう関係者のひとりが不審な死を遂げる。

 第一章「あたたかい家」で清沢一家とその周囲の人々を襲う出来事は、邪念を持つ人間の仕業なのか、それとも悪霊の祟りなのか、どちらに転ぶか予想がつかないかたちで進行し、主人公の賢二をはじめ、追いつめられた登場人物たちの精神の崩壊がじっくりと描かれてゆく。真実の一端は第二章「リソウの家」である程度明かされるものの、第三章「まほうの家」で繰り広げられる怒濤の展開と、最後に念入りにとどめを刺すかのような凄惨な結末には言葉を失う。湊かなえや真梨幸子といったイヤミスの系譜に、澤村伊智の『ぼぎわんが、来る』風のホラー+ドメスティック・スリラーのテイストを融合させた作品であり、恐怖を醸成する筆致が非凡である。

「さあ、お前の罪を数えろ」とは『仮面ライダーW』の主人公、左翔太郎とフィリップの決め台詞だが、菅原和也の新刊のタイトルは『あなたの罪を数えましょう』(講談社タイガ)。探偵の夕月と助手の亮太は、知人たちがキャンプに出かけたまま行方不明になったという事件を調査するため、依頼人とともに山奥のキャンプ場に出向いたが、そこにあった廃工場で見つけたのは、複数の人間が惨たらしい方法で殺害された痕跡だった。

 この夕月の調査と並行して、その一月前、六人の男女を襲った運命が描かれる。彼らは気がつくと廃工場に監禁されており、しかも早速ひとりが機械に巻き込まれて惨死した。どうやら彼らが監禁された理由は、三年前に死んだ女性と関係があるらしい。

 本書を読みはじめると、誰もが映画「ソウ」シリーズを思い浮かべるだろう。限定されたシチュエーションで次々と命を落としてゆく人々、巧妙にして残虐なトラップによる殺しのテクニック。そして「ソウ」シリーズに共通する大きな特色が、観客の意表を衝くトリッキーな構成であったように、本書もまた本格ミステリとしての大胆かつ周到な仕掛けを秘めている。特に、ある死体に関する謎の解明は、あまりのえげつない発想に絶句した。

 しかし、えげつないという点では、白井智之の『お前の彼女は二階で茹で死に』(実業之日本社)を超える作品もなかなかない筈だ(題名からして強烈なインパクトだが、元ネタはJ・ケルアック&W・バロウズ『そしてカバたちはタンクで茹で死に』だろう)。作中の世界には、成長するにつれて人間とミミズのハーフみたいな外見になる遺伝子疾患を持つ血筋が存在し、ミミズと呼ばれて被差別階級扱いされている。第一話「ミミズ人間はタンクで共食い」では、高級住宅地に住む整形外科医の家で乳児が殺害され、容疑者としてミミズの青年ノエルが浮上するが......。

 事件の捜査を担当するヒコボシは、現場で不謹慎なジョークを飛ばすような不良刑事だが、その性格に似つかわしからぬ緻密な推理を披露する。それもその筈、彼の推理にはある秘密が存在しているのだ。しかも、彼が刑事になったのには裏の理由があり、それに合わせて事件の決着を図ろうとする(路線としては、城平京『虚構推理』や霞流一『パズラクション』に近い)。そして本筋の遠因となる過去の出来事も二転三転し、先が読めないことこの上ない。非倫理性と生理的嫌悪感を強調した世界観の中で、真相と偽りの解決が複雑に入り乱れる多重推理の趣向が繰り広げられる、絶対に著者でなければ書けない本格ミステリだ。

 今回はダークな小説の紹介が続いたので、最後は爽やかな作品で締めくくろう。久住四季『推理作家(僕)が探偵と暮らすわけ』(メディアワークス文庫)は、駆け出しの推理作家である月瀬純(僕)がマンションの火事で焼け出されたところから始まる。彼はルームシェアをすることになったが、同居人の凜堂星史郎は、イギリス帰りの難事件解決専門の探偵を称する美青年だった。火事で階下の住人が死んだ件で警察から疑われたため、月瀬は凜堂に頼ることに......。

 凜堂は極度の生活無能力者にして傍若無人な変人だが、推理力は抜群で、過去に警察が手こずった事件を解決したこともある。コナン・ドイルが生んだシャーロック・ホームズとワトソンを代表として、変人名探偵と常識人の語り手という組み合わせのコンビはミステリ史上枚挙に遑がないけれども、本書の場合、知り合ったきっかけが知人の紹介による同居という点からしてホームズとワトソンのパターンを踏襲している。収録された二つのエピソードはいずれも面白いが、特に、大物都議会議員殺害の謎に凜堂が挑む第二話「折れ曲がった竹のごとく」の出来がいい。犯人の意外性もさることながら、凜堂だけが気づいた、現場に存在していた不自然な手掛かりにはあっと言わされた。凜堂と同じ注意力があれば、読者もその手掛かりが登場した時点で真相に近づけるという、極めてフェアな姿勢に好感が持てる。

(本の雑誌 2019年3月号掲載)

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●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

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