周木律の「堂」シリーズいよいよ完結!

文=千街晶之

  • 大聖堂の殺人 ~The Books~ (講談社文庫)
  • 『大聖堂の殺人 ~The Books~ (講談社文庫)』
    周木 律
    講談社
    1,144円(税込)
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  • 【2019年・第17回「このミステリーがすごい! 大賞」大賞受賞作】怪物の木こり (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『【2019年・第17回「このミステリーがすごい! 大賞」大賞受賞作】怪物の木こり (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    倉井 眉介
    宝島社
    748円(税込)
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  • 盤上に死を描く (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『盤上に死を描く (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    井上 ねこ
    宝島社
    726円(税込)
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 第四十七回メフィスト賞を受賞した『眼球堂の殺人 〜The Book〜』に始まった周木律の「堂」シリーズが、文庫書き下ろしの第七作『大聖堂の殺人 〜The Books〜』(講談社文庫)で完結した。

 当初、放浪の天才数学者・十和田只人が名探偵として活躍する構想なのかと思われた「堂」シリーズだが、やがて普通の名探偵ものの構図を逸脱し、善悪の彼岸を超越した天才たちの頭脳バトルの様相を呈していった。この最終巻では、二十四年前に大量殺人を犯したがアリバイを主張して刑務所から出てきた天才数学者・藤衛が北海道の孤島に再建した「大聖堂」で、二十四年前と同じような連続殺人が起きる。だが、藤衛にはまたしても難攻不落のアリバイが......。その恐るべき思惑に、天才たちはどう挑むのか。

 シリーズの進行とともに登場する天才のインフレ化も進んできた感があるけれど、それがミステリとしてのメリットとなっているのは、通常のミステリでは非現実的すぎて到底受け入れられないような奇抜なトリックが成立する点にある。本書の場合も、藤衛の桁外れの頭脳とカリスマ性と資金力がなければ成立し得ないトリックであり、ここまでスケールが大きいと感動的ですらある。森博嗣の作風を引き継ぎつつ、更に壮大かつ華麗な境地に到達したこのシリーズの完結を言祝ぎたい。

『エイジ』『流星ワゴン』などで知られる重松清が、『木曜日の子ども』(KADOKAWA)で『疾走』路線の犯罪小説に再び挑んだ。タイトルは、テリー・ホワイトの『木曜日の子供』と同じマザーグースの歌詞に因んでいる。

 四十二歳の会社員・清水芳明は、妻・香奈恵とその連れ子・晴彦とともに旭ヶ丘というニュータウンに引っ越してきた。一見閑静かつ平凡なその街では、七年前、中学生の少年による大量毒殺事件が起こっていた。だが、近隣の住人ばかりか中学校の教師までもが晴彦を見て怯えた様子を見せたので、事情を聞くため学校を訪れた清水は、晴彦が七年前の犯人・上田と似ていること、そして上田が社会復帰したことを密かに伝えられる。やがて、少年たちのあいだで、世界の終わりを見せるため「ウエダサマ」が降臨した......という噂が流れはじめる。

 上田の描き方は些かステロタイプな教祖型という印象で、少年犯罪者をフィクションで描くことの難しさを考えざるを得ない。だが、本作の読みどころは、清水の父親としての心理描写にある。彼は中年になって初めて「父親」という立場になり、息子と腹を割って話し合いたいと思いつつ、実の親子ではないため距離を掴みかねているところがあるのだが、謎の手紙や犬の毒殺などの不審事が続くにおよび、晴彦と上田の関係を疑うことになる。血のつながりがないからこそ、家族の絆のかたちを追い求める清水の苦悩が共感を呼ぶことは間違いない。ヘヴィーな読み応えの心理サスペンス小説だ。

 主要登場人物がサイコパスで、なおかつ頭部を損傷する連続殺人を扱ったという共通点を持つミステリが、奇しくも同時期に刊行された。まず石川智健『キリングクラブ』(幻冬舎)は、社会的に成功を収めたサイコパスばかりが集う秘密クラブが舞台。主人公の藍子は知人に誘われ、そこで給仕として働くことになったが、会員のひとりが生きたまま頭部を切開されるという事件が起きる。藍子はクラブに出入りする刑事の辻町から、犯人を探すよう指令を下されたが......。浮上した容疑者が次々と殺されてゆくという展開で、伏線が丁寧なぶん真相は比較的見破りやすいけれども、登場人物全員が油断ならない性格なので、終盤にかけての勝ち残りの駆け引きは先が読めない。「ジェットコースター・ミステリー」という帯の惹句に偽りなしである。

 もう一冊の倉井眉介『怪物の木こり』(宝島社)は第十七回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。主人公の二宮は表の顔は弁護士だが、裏では良心の呵責を全く感じることなく大勢の人間を日常的に殺害しているサイコパスだ。ある日、二宮は何者かに襲撃され、頭部に傷を負った。必ず犯人を返り討ちにしてやると心に誓う二宮だが、入院中、自分の頭部に、全く身に覚えのないチップが埋め込まれていたことを知る......。シリアルキラー対シリアルキラーだからこその、お互いに手加減というものを知らない対決がスリリングだし、二宮に協力するもうひとりのサイコパス・杉谷のキャラクター造型も面白い。架空の脳チップというSF的な設定は評価が割れるところだろうが、これは作中の童話ともども、テーマの寓話性を強調するための仕掛けだろうと私は好意的に解釈した。エンタテインメントというものの盛り上げ方を心得た、即戦力の新人という印象である。

 この『怪物の木こり』に大賞は譲ったものの、優秀賞を獲得したのが井上ねこ『盤上に死を描く』(宝島社文庫)だ。名古屋市内で老女が次々と絞殺され、現場に将棋の駒が残されている......という連続殺人が起きた。水科優毅刑事をはじめとする愛知県警の面々は犯行を阻止しようと必死で捜査を続けるが、連続殺人は警察の予想を裏切る展開を見せる。

 警察小説仕立ての部分はキャラクターが魅力に乏しいし、お約束を意識しすぎた展開も見られるものの、それらの弱点を補って余りあるのが連続殺人の謎解き。水科がミッシング・リンクの法則に到達した時は、読者の多くがあまりの発想の奇抜さに茫然とする筈だが、それが明かされるのはまだまだ前半。そこから、水科と犯人の本格的な知恵比べが始まるのだ。著者自身の趣味が活かされた、デビュー作らしい意欲作だ。

(本の雑誌 2019年4月号掲載)

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●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

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