ケン・リュウ『生まれ変わり』は今年の翻訳SFベスト1候補だ!

文=大森望

  • 生まれ変わり (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
  • 『生まれ変わり (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』
    ケン リュウ,牧野 千穂,古沢 嘉通,幹 遙子,大谷 真弓
    早川書房
    2,530円(税込)
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  • 言鯨【イサナ】16号 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『言鯨【イサナ】16号 (ハヤカワ文庫JA)』
    九岡 望
    早川書房
    858円(税込)
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  • 2001:キューブリック、クラーク
  • 『2001:キューブリック、クラーク』
    マイケル・ベンソン,添野知生,中村融,内田昌之,小野田和子
    早川書房
    5,280円(税込)
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 日本オリジナルのケン・リュウ短編集第三弾、『生まれ変わり』(古沢嘉通編/古沢嘉通・大谷真弓・幹遙子訳/新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)★★★★½が出た。02年の商業誌デビュー作から昨年発表の新作まで、バラエティ豊かな全20編を収録する。

 表題作は、リチャード・アンダースンの1枚の絵にインスパイアされた短編を3人の作家に競作させるという、デイヴィッド・ハートウェル編纂企画の参加作品(あとの2人は、ジュディス・モフェットとキャスリーン・アン・グーナン)。小説の舞台は、悪い記憶を消して別の自分になることで長く生き続ける異星人が到来した未来。彼らトウニン人による審判を受けて生まれ変わり(Reborn)となった"わたし"はトウニン保護局の特別捜査官として、異種憎悪主義者による爆破テロを捜査している。罪を犯した記憶を持たない者は犯罪者なのか? そもそも"自分"とは何か? 哲学的なテーマに切り込み、読者に認識の変革を促す、たいへん刺激的なコンタクトSF。テッド・チャン「あなたの人生の物語」への返歌とも読める。

 しかし、本書でもっとも衝撃的なのは、ベトナムの靴工場で奴隷的な労働を強いられる14歳の少女の魂が靴とともに海を渡る社会派ファンタジー「ランニング・シューズ」。わずか8頁の小品ながら、驚くほどせつなく鮮烈に南北問題を描き出す。

 巻末の「ビザンチン・エンパシー」は、同じ問題に近未来SF的な角度からアプローチした傑作。慈善事業にブロックチェーン技術を導入し、難民や貧しい人々を直接支援できるようにする共感システムの勃興と蹉跌を描く。藤井太洋『ハロー・ワールド』の問題意識とそのまま重なるが、ケン・リュウのほうがよりペシミスティックかも。

「介護士」は、『母の記憶に』所収の「存在」と同じテーマを介護される側から描き、しみじみした情感を醸し出す。かと思えば、「化学調味料ゴーレム」は無類に楽しく笑える神様SF。両親に連れられて宇宙船で旅行中の10歳の少女にユダヤ人の神が話しかけ、ネズミ退治を命じるが......。データ化された人格が神のごとき力を持つようになった未来を描く《絵文字》三部作も、少女を主人公にしたヤングアダルトSF連作。2段組550頁の物量なのでとても全部は紹介しきれず、この半分の厚さでよかったのに......という気もするが、半数以上が傑作なのでまあいいか。今年の翻訳SFベスト1を争う1冊。

 対する日本SFの今月というか今年(または2010年代)最大のトピックは、小川一水『天冥の標』全10巻(全17冊)堂々完結! なのだが、今回は時間も行数もぜんぜん足りないので来月じっくり紹介します。まことにすみません。というわけで国内は、ミステリ畑の作家のSF/ファンタジーが3冊。

 大沢在昌『帰去来』(朝日新聞出版)★★★½は大沢作品史上たぶん最高のSF度を誇るパラレルワールド警察小説。警視庁捜査一課の刑事・志麻由子は、連続絞殺事件の捜査中、何者かに襲われて意識を失う。次に気がつくと、そこは光和27年の東京市警察本部。アジア連邦が太平洋連合に勝利し、米国がメキシコ合衆国に吸収された並行世界だった。しかも、こちらの世界の自分は、暴力犯罪捜査局特別捜査課の課長をつとめるエリート警視だという。

 前半は、二つの犯罪組織の対立を捌こうと見知らぬ世界で由子が奮闘する警察ハードボイルド。後半は二つの世界を行き来するSFミステリに転調する。由子はなぜ転移したのか? 連続絞殺魔の正体とは? 並行世界移動を実現するガジェットはじめ、SF的にはかなり強引な(整合性にこだわらない)設定だが、逆にそこが新鮮。

 河合莞爾『ジャンヌ』(祥伝社)★★★は、アシモフにオマージュを捧げる三原則ロボットSFミステリ。舞台は人口が半減した2060年代の日本。絶対に人間を殺せないはずの女性型家事ロボットが主人を殺害する事件が発生。警視庁の相崎は、被疑者を護送中に何者かに襲われ、ロボットと逃げる羽目に......。彼女になぜ人間が殺せたのかという謎はSF読者なら容易に見当がつくが、中盤のサスペンスは読ませる。

 森川智喜『そのナイフでは殺せない』(光文社)★★★½は、「それを使って命あるものを殺すと、殺された相手は16時32分に生き返る」という魔法がかけられたナイフをめぐるミステリ。偶然このナイフを入手した大学生の七沢は、ルールを活用して短編自主映画を撮影するが、その過程で女性警部に刺殺死体を目撃されて大騒ぎに......。特殊設定ならではの知恵比べが楽しい。

 ミステリ系は以上。ハヤカワ文庫JA書き下ろしの九岡望『言鯨16号』★★★½は、世界の秘密を解き明かす系(A・C・クラーク『都市と星』タイプ)のオーソドックスな少年SF長編。世界は砂漠化し、人々は言鯨の遺骸のまわりに鯨骨街を築いて暮らしている。主人公の旗魚は、街から街へと旅しながら言鯨の言骨を採骨してまわる骨摘みのキャラバンで働く少年。言骨から製造される詠石は砂上船などに搭載される言火燃焼機関の燃料となり、文明社会をかろうじて支えている。旅の途中、憧れの歴史学者・浅蜊と遭遇した旗魚は、思いがけず、世界の綻びを目にすることになる......。

 今月最後の1冊、マイケル・ベンソン『2001:キューブリック、クラーク』(添野知生監修/中村融・内田昌之・小野田和子訳/早川書房)は、ずっしり重くて無類に面白い、『2001年宇宙の旅』ノンフィクションの決定版。これまで知られていなかったクラーク秘話もたくさんあり、ファン必読の名著。

(本の雑誌 2019年4月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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