『教室が、ひとりになるまで』の異能頭脳バトルに興奮!

文=千街晶之

  • ことのはロジック (講談社タイガ)
  • 『ことのはロジック (講談社タイガ)』
    皆藤 黒助
    講談社
    792円(税込)
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 今月のお薦めは浅倉秋成『教室が、ひとりになるまで』(KADOKAWA)。著者は、二○一二年に『ノワール・レヴナント』で第十三回講談社BOX新人賞"Powers"を受賞してデビューし、縦横無尽に伏線を張りめぐらせる作風を特色とする若手実力派だ。

 私立高校で三人の生徒が立て続けに自殺した。死ぬ動機もなく、後追い自殺の理由もないにもかかわらず、三人とも同じ文面の遺書を残して死んだのだ。しかし、クラスメートの白瀬美月から、「死神」に命を狙われていると聞いた垣内友弘は、その直後、人の嘘を見抜く不思議な力を与えられ、連続死の謎に挑むことになった。

 校内には特殊な能力を持つ人間が四人いるが、本人がその秘密を他人に明かすと能力は失われてしまう。しかも、ひとりひとりに与えられた能力は異なっているので、友弘は誰がどんな能力を持っているのかもわからぬまま真相に迫らなければならない。三人の連続死には誰かの能力が関係しているのか? 書きようによっては何でもありになりそうな設定だが、異能バトルと頭脳バトルをロジカルに組み合わせた展開は極めてエキサイティングだし、登場人物たちが自らのおかれた環境への違和感をぶつけ合うクライマックスの、重苦しい絶望と微かな希望が交錯する悲痛さは、学校という空間での生活に馴染めない青春時代を送ったことのある読者の心には必ず突き刺さる筈だ。今年を代表する青春ミステリの傑作として強く推す。

 学園ミステリの収穫をもう一冊。皆藤黒助『ことのはロジック』(講談社タイガ)は、元天才書道少年の墨森肇と、金髪碧眼の転校生、アキ・ホワイトを主人公とする連作ミステリだ。存在しない幽霊文字の読み方、同人誌の原稿が改変された謎など、扱われる出来事はみな言葉が関係している。

 連作を通しての仕掛けは、近年の国産ミステリでわりと見かけるタイプのものだが、それでも驚かされてしまうのは、この仕掛けが原理的に見抜きにくいものだからだろう。そして、この仕掛けが読者の心を動かすのは、本書が言葉というものの深遠さと楽しさを通しテーマとしているからでもある。夏目漱石によるI LOVE YOUの名訳とされる「月が綺麗ですね」を超える告白は果たして可能なのか。青春小説とミステリを有機的に融合させた上での見事な着地に感嘆した。

 有栖川有栖『こうして誰もいなくなった』(KADOKAWA)は、著者が二○一一年から二○一九年にかけて発表したノン・シリーズの中短篇を集成した一冊。ファンタジーから本格ミステリまで、内容は多彩である。

 互いに見知らぬ男女の心中計画が意外な方向に転がる「劇的な幕切れ」や楽しい乱歩パロディの「未来人F」などもいいが、やはり最も読み応えがあるのは、本書のうち約三分の一を占める表題作。孤島に呼び集められた九人の男女(本来ならもう一人来る予定だった)。彼らの過去の罪業を告発し、命を奪うと宣告する招待主の声。そして、九人は次々と何者かによって殺害されてゆく......という展開はアガサ・クリスティーの名作『そして誰もいなくなった』をなぞっているかのようだが、原典を知っていても真相を見抜くのは難しいだろうし、ミスリードも巧妙だ。中篇なので、やや強引に詰め込んだ印象があるのが惜しまれるけれど。

 辻寛之『インソムニア』(光文社)は、第二十二回日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作。アフリカ大陸のある国に派遣されたPKO部隊の陸上自衛官七人が現地の武装勢力に襲撃され、一人が命を落とした。帰国後、更に一人が自殺する。現地で何が起きたのかを、陸自のメンタルヘルス官・神谷と、自衛隊病院の精神科医・相沢が知ろうとするが、残された五人の証言はすべて食い違う上、神谷たちの調査を快く思わない防衛省上層部が圧力をかけてくる。肉体的にも精神的にもタフな筈の自衛官たちが死を選んだり睡眠障害になったりするほどの秘密とは何なのか......という謎をめぐって、芥川龍之介の「藪の中」風の物語が展開される。一章ごとに新たな事実が語られ、グロテスクな真相が次第に明らかになってくるプロセスが読みどころで、構成力・筆力ともに合格点。

 最後に紹介する『予言の島』(KADOKAWA)は、『ぼぎわんが、来る』で日本ホラー小説大賞を受賞した澤村伊智が初めて挑んだ本格ミステリ......といっても、著者はこれまで発表したホラー小説でも、巧妙なミステリ的仕掛けを作中に織り込んできた。今回は孤島を舞台に、高名な往年の霊能者が遺した予言が実現したかのような禍々しい連続死を描いている。

 最初の事件の犯人に意外性はないし、島の住人たちが隠していた秘密も勘のいい読者なら見当がつくだろう(横溝正史風の土俗的舞台装置に対する独自の距離感からは、個人的には栗本薫のある作品を連想した)。というわけで、途中まではミステリとしての難度は決して高いとは言えないものの、最後に明かされる衝撃の事実は(いろいろと伏線が張ってあるにもかかわらず)まず見抜けない筈だ。前例がない仕掛けではないけれども、舞台となる島の異様な雰囲気と、慌ただしく進行するセンセーショナルな事件に気を取られていると、真相に意識が行かないように設計されているのである。作中で言及される霊能者が宜保愛子と人気を二分した人物だったという記述など、往年のオカルト・心霊ブームを体験した世代にとってはたまらない要素も多い。同じく予言を扱った本格ミステリとして、今村昌弘『魔眼の匣の殺人』と対比して読むのも一興だろう。

(本の雑誌 2019年5月号掲載)

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●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

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