日本SFエンタメ最高峰『天冥の標』堂々完結!

文=大森望

  • 天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART1 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART1 (ハヤカワ文庫JA)』
    小川 一水
    早川書房
    836円(税込)
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  • ビット・プレイヤー (ハヤカワ文庫SF)
  • 『ビット・プレイヤー (ハヤカワ文庫SF)』
    グレッグ イーガン,山岸 真,Rey.Hori,山岸 真
    早川書房
    1,144円(税込)
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  • 巨星 ピーター・ワッツ傑作選 (創元SF文庫)
  • 『巨星 ピーター・ワッツ傑作選 (創元SF文庫)』
    ピーター・ワッツ,緒賀 岳志,高島 雄哉,嶋田 洋一
    東京創元社
    1,320円(税込)
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  • 愛は、こぼれるqの音色 (TH Literature Series)
  • 『愛は、こぼれるqの音色 (TH Literature Series)』
    図子 慧
    書苑新社
    2,420円(税込)
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  • 今、死ぬ夢を見ましたか (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『今、死ぬ夢を見ましたか (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    辻堂 ゆめ
    宝島社
    858円(税込)
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  • カート・ヴォネガット全短篇 4 明日も明日もその明日も
  • 『カート・ヴォネガット全短篇 4 明日も明日もその明日も』
    カート ヴォネガット,大森 望,後藤 美月,大森 望,柴田 元幸,浅倉 久志,伊藤 典夫,宮脇 孝雄,鳴庭 真人
    早川書房
    3,520円(税込)
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 思えば長い道のりでした。第1巻から9年半を経て、世界に誇る日本のSFエンターテインメント最高峰、小川一水『天冥の標』全10巻・計17冊(いずれもハヤカワ文庫JA)★★★★★が完結した。

 第8巻『ジャイアント・アーク』までは本誌で毎回紹介してたんですが、今回、溜めてあった9巻と10巻(計5冊)を一気読み。第1巻で提示されたヴィジョン(西暦2800年代の入植世界とそれをめぐるさまざまな勢力・異星生物など)に追いつくのが8巻なので、あとはその壮大な構想を踏まえたうえでどれだけ思いきり暴れて読者を仰天させられるかという苛酷な勝負になる。だからこそ、この2巻に4年以上もかかったんでしょうが、最大限に高まった期待をまったく裏切らない驚愕の展開が待ち受けている。

 たとえば最終巻『天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ』は、528億隻の宇宙艦隊が1兆トン級の金色の巨竜(硫黄ベースの宇宙生物)1億5千万体を迎え撃つド派手な宇宙戦闘シーンで幕を開けるが、この巻にとってはそれさえ前座程度。過去300年に様々な因縁のあった人々(異星生物含む)が恩讐を越えて団結し、共通の巨大な敵に立ち向かう。もちろん、SF的にも、この期に及んでまだこんな......と驚くようなネタが惜しげもなく投入されている。懐かしいキャラクターも出てくるが、各巻巻末に懇切丁寧な年表と登場人物・用語表がついているからご心配なく。完結してから読もうと思っていた人には、十連休の一気読みをお薦めする。来年の日本SF大賞はすでに確定、オールタイムベスト級の大傑作。

 これを迎え撃つ翻訳SF代表は、オーストラリアとカナダのハードSFの両雄による、日本オリジナルの短篇集2冊。

 グレッグ・イーガン『ビット・プレイヤー』(山岸真編訳/ハヤカワ文庫SF)★★★★½は、『プランク・ダイヴ』以来7年半ぶりとなる、著者6冊目の邦訳作品集。08年〜17年発表の6篇を収録する(*印は初訳)。「七色覚」は12歳の少年が従兄に教わったアプリで自分の網膜インプラントをハックし(スマホを脱獄するノリ)新しい〝世界の見方〟を獲得するアクチュアルな短篇。「不気味の谷」*は、父親が息子のために自分のデジタル複製を残そうとする『ゼンデギ』の延長線上にあり、死んだ有名脚本家のコピー人格の側から、社会的法律的な差別の壁を描く。表題作は、題名(本来は〝端役〟の意)から想像がつく通り、デジタル世界で目覚めた仮想人格の話。「失われた大陸」*は、風変わりなタイムスリップ設定を使って、難民政策を恐ろしくストレートに批判する。全体の半分近くを占める中篇2篇「鰐乗り」と「孤児惑星」*は、『白熱光』「グローリー」と背景設定を共有する超遠未来の宇宙探査小説で、イーガン節を堪能できる。先月のケン・リュウ『生まれ変わり』と互角の勝負か。

 対するピーター・ワッツ『巨星』(嶋田洋一訳/創元SF文庫)★★★★は、著者初の邦訳短篇集。94年から14年まで20年間に発表された11篇を収める(うち8篇が新訳)。巻頭の「天使」は、付随的被害を減らすため意識を付与された無人攻撃機の〝成長〟を描く傑作。同じテーマを〝人間が非人間化する話〟として書いた「付随的被害」ともども、SFのナイフを現実につきつける。その他、カーペンター版「遊星からの物体X」を物体X側から語る話や、知性を持つ雲による破滅を描く話など、暗めのアイデアストーリー群をはさんで、後半3篇は、小惑星を改造したワームホール構築船を描く連作。出発から10億年後、直径2億㎞の超巨大生命体とのコンタクトを描く巻末の「島」がすばらしい。イーガンと重なる部分もありつつ、それぞれこだわりの違いが明確になるのでぜひ併読を。

 図子慧『愛は、こぼれるqの音色』(発行アトリエサード/発売書苑新社)★★★★は、荒川の氾濫で23区東部が水没した近未来設定を共有する『アンドロギュヌスの皮膚』以来5年半ぶりの新刊。表題作は、圧倒的な官能性とかっこよさで初出時に注目された未来ノワール(オーガズムを記録するコンテンツの話)。200頁を超える併録の新作中篇「密室回路」は、その後日譚。空きビルのワンフロアがまるごと開かずの殺人金庫と化した物件に主人公が挑む。SF作家・図子慧の面目躍如というべき1冊。

 吉上亮『泥の銃弾』(新潮文庫)★★★★½は、著者3年ぶりのオリジナル長篇にして、初めて一般文芸に挑む勝負作。2019年7月19日、新国立競技場で東京都知事が狙撃される。現場で目撃したフリー記者を主役に、難民が大量流入したもうひとつの東京で超大型スナイパーサスペンスを展開する。外国人の激増した東京を制度と雇用から描く藤井太洋『東京の子』と対照的に、こちらは一発の銃弾がシリアと東京を一直線に結ぶ。ライバルは『極大射程』か。上下合計900頁を一気に読ませる。

 辻堂ゆめ『今、死ぬ夢を見ましたか?』(宝島社文庫)★★★½はJR東海道線乗車中(湘南方面)に見た予知夢から人生が狂い始める話。未来は改変可能なので(ただし改変するたびに状況が悪化する)、パラドックスに縛られないユニークな時間SFとも読める。

 巨匠が遺した98の短篇(うち半数は生前未発表)を網羅する《カート・ヴォネガット全短篇》が完結。最終巻『明日も明日もその明日も』(浅倉久志ほか訳/早川書房)には、「未来派」の分類で、表題作など狂騒的(または破滅的)なディストピアSF短篇7篇を収録。他に、学園音楽小説の連作や、投資コンサルタントものなど。まとめて読むといろいろ発見がある。解説は柴田元幸。

(本の雑誌 2019年5月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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