皆川博子『夜のアポロン』の一撃必殺の気合を見よ!

文=千街晶之

  • 殺しのコツ、教えます (双葉文庫)
  • 『殺しのコツ、教えます (双葉文庫)』
    蒼井 上鷹
    双葉社
    682円(税込)
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  • 推定失踪 まだ失くしていない君を (集英社オレンジ文庫)
  • 『推定失踪 まだ失くしていない君を (集英社オレンジ文庫)』
    ひずき 優,高階 佑
    集英社
    693円(税込)
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  • 不死人(アンデッド)の検屍人 ロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件 (星海社FICTIONS)
  • 『不死人(アンデッド)の検屍人 ロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件 (星海社FICTIONS)』
    手代木 正太郎,SWAV
    講談社
    1,595円(税込)
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 本当に優れた短篇小説は、一行目から本気で読者に斬りかかってくる──改めてそう感じさせるのが、皆川博子『夜のアポロン』(早川書房円)である。

 二〇一八年にKADOKAWAから刊行された『夜のリフレーン』とともに、単行本未収録のまま残されていた初期短篇を集成したもので、幻想小説中心の『夜のリフレーン』に対しこちらはミステリ寄りの作品が中心となっている。あとがきでは「不出来な習作」と言及されているが、編者の日下三蔵が解説で述べている通り、自作に対する作者の評価と読者のそれとの乖離は江戸川乱歩や山田風太郎にも見られるケースであり、皆川博子もその傾向が強い。著者が自らの作風の方向性に悩んでいた時期の作品群というのは事実だろうが、表題作「夜のアポロン」の「夜になると、太陽は輝くのです」、「冬虫夏草」の「茨の死刑に、より積極的であったのは、志麻子か、悠子か」等々、各篇の冒頭の一行からして極めて印象的であり、一撃必殺の気合いすら感じさせる。内容も著者の初期作品ならではの、人間の孤独と心理の翳りを鋭く浮かび上がらせた作風であり、一読忘れ難い逸品が並んでいる。版元は異なるものの、『夜のリフレーン』と並べてみると装幀にも工夫がある。

 酒本歩『幻の彼女』(光文社円)は、第十一回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作。ドッグシッターの真木島風太のもとに、三年前に別れた恋人・美咲の訃報が届き、その前に交際していた蘭のブログには遺書めいた記事がアップされていた。しかも、もうひとりの交際相手だったエミリも連絡が取れない。彼女たちの身に何が起こったのか?

 タイトルからおのずと思い浮かぶのはウィリアム・アイリッシュの名作『幻の女』だが、間違いなく存在していた筈の交際相手が卒業した学校の記録からさえ消えているという摩訶不思議な謎は、イヴリン・パイパー『バニー・レークは行方不明』やジョン・ディクスン・カー「B13号船室」などの発想源となった、パリ万博で母親が消えたという有名な都市伝説を想起させる。帯に「21世紀本格」という言葉があるので大体の方向性は推察可能だが、極度にアクロバティックな発想を成立させた構想力は、周到さとデビュー作らしい大胆さが両立していて好感が持てる。

 蒼井上鷹『殺しのコツ、教えます』(双葉文庫円)は、ミステリ作家の世古と、彼の行きつけの居酒屋でアルバイト店員として働くガクの対話を中心とする連作。第一話「あなたもアリバイを崩せる」で、殺したいほど嫌な上司がいるというガクの求めに応じ、世古はアリバイ作りを中心に、完全犯罪を成立させる方法を講義する。これをきっかけとして、密室や叙述トリックなどのテーマ別に世古が講義し、そこから学んだガクはミステリマニアとして成長してゆく。作中では古今東西の名作ミステリが言及され、中には「これはかなり微妙なネタばらしでは」と感じるケースもある。特に秀逸なのは、第二話から第三話にかけての「解けない密室などない!」。ほぼ全篇、ジョン・ディクスン・カーの名作『三つの棺』への言及で終始しているが、その中の高名な「密室講義」の意義を、このように合理的に説明した例は見たことがない。本格ミステリ大賞の小説部門より評論・研究部門に推したい気がする。

 ライト文芸レーベルからの刊行ながら、本格的な国際謀略冒険小説に仕上がっているのが、ひずき優『推定失踪 まだ失くしていない君を』(集英社オレンジ文庫)だ。主人公の桐島偲は、情報収集を主な任務とする外務省国際情報統括官組織調査室に所属するキャリア官僚。彼のもとに、国際的NGOのメンバーの月守亜希から意味不明の手紙が届く。亜希は桐島とかつて恋愛関係にあったが、今は行方不明である。謎を解くべく、桐島は東南アジアの島国ビサワンへと向かう。

 独裁的な政権、その打倒を図る野党、両者のパワーゲームに介入するアメリカ、保身第一の日本大使......さまざまな勢力の思惑に翻弄されつつ、桐島は年端も行かない子供たちが兵士として人を殺めているビサワンの苛酷な現状を目の当たりにする。貧困と暴力に晒された民衆の嘆きと憤りの地獄めぐりの果てに辿りつく、哀しくも希望を感じさせる結末が印象的である。冒険小説ファンは読み逃してはいけない一冊だ。

 最後に紹介するのは手代木正太郎『不死人の検屍人 ロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件』(星海社FICTIONS)。やたら長くて憶えにくいわ、検屍という単語がかぶっているわで如何なものかという印象のタイトルだが、中身はなかなかの出来の異世界ミステリだ。

 異世界といっても作中の国は人名・地名などいかにもイギリスっぽいけれども、不死人や幽霊が跳梁しており、主人公のひとりクライヴは「不死狩り人」、美少女のロザリアは「アンデッド検屍人」を称している。彼らが訪れたエインズワース伯爵家の城には、祖先が吸血鬼になったという呪われた伝説が存在している。果たして、当主の花嫁候補たちが次々と不可解な死を遂げてゆく。

 作中の世界は不死人などの超自然的な怪異が実在しており、作中人物たちもそのことを前提として行動している。にもかかわらず、連続殺人の謎解きは意外なほど堅実で合理的。ロザリアによる真相解明は、京極夏彦「百鬼夜行シリーズ」における「憑物落とし」を連想させる。一旦すべてが明らかになったかに見えたあとに浮上してくる真相の構図も戦慄的で、ホラーと本格ミステリの融合例として一読の価値がある。

(本の雑誌 2019年6月号掲載)

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●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

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