次郎長三国志風本格SF『宿借りの星』が楽しい!

文=大森望

  • 宿借りの星 (創元日本SF叢書)
  • 『宿借りの星 (創元日本SF叢書)』
    酉島 伝法
    東京創元社
    3,300円(税込)
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  • 火星無期懲役 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『火星無期懲役 (ハヤカワ文庫SF)』
    SJ モーデン,Shinnichi Chiba,金子 浩
    早川書房
    1,320円(税込)
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  • 郝景芳短篇集 (エクス・リブリス)
  • 『郝景芳短篇集 (エクス・リブリス)』
    郝景芳,及川 茜
    白水社
    2,640円(税込)
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  • 流れよわが涙、と孔明は言った (ハヤカワ文庫JA)
  • 『流れよわが涙、と孔明は言った (ハヤカワ文庫JA)』
    三方 行成
    早川書房
    836円(税込)
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  • 世界でいちばん不幸で、いちばん幸福な少女
  • 『世界でいちばん不幸で、いちばん幸福な少女』
    今岡 清
    早川書房
    1,650円(税込)
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 今月の目玉は、酉島伝法の待望ひさしい第2作にして初長編『宿借りの星』(東京創元社)★★★★★。2015年春、構想が紙芝居風に発表されてから4年。"邪悪なムーミンの話"は、凶状持ちの元組長が弟分と街道を旅する次郎長三国志風の道中ものに発展した。カバー袖にいわく、

「その惑星では、かつて人間を滅ぼした異形の殺戮生物たちが、縄張りのような国を築いて暮らしていた。罪を犯して祖国を追われたマガンダラは、放浪の末に辿り着いた土地で、滅んだはずの"人間"たちによる壮大かつ恐ろしい企みを知る。それは惑星の運命を揺るがしかねないものだった。(略)マガンダラは異種族の道連れとともに、戻ったら即処刑と言い渡されている祖国への潜入を試みる」

 カバー中央に描かれた、脚が4本、目が4つのズァングク蘇俱が主人公で、帯の右下に隠れているちっこいのがラホイ蘇俱の弟分、マナーゾ。見慣れない漢字列とルビが乱舞するが、『皆勤の徒』に比べると遥かに読みやすいうえ、物語は直球のエンターテインメントにしてクラシックな本格SF。人間ならざる登場人物たちに感情移入して、最後は鼻の奥がつんとするような人情噺でもある。500頁超の分量を気にせず、気楽に楽しみたい。一冊本では今年の日本SFベスト1の有力候補。

〈IN POCKET〉連載をまとめた宮内悠介『偶然の聖地』(講談社)★★★★は、酉島伝法の1年前に同じ創元SF短編賞からデビューした著者の、なんとも風変わりな旅行小説。人間ではなく世界の不具合を治す"世界医"なる(R・A・ラファティ風の)専門職が核になり、地図にない秘境イシュクト山を目指す──と要約すれば立派なSFだが、すちゃらか観光ガイド的なネタ(カトマンズの日本食店のカツ丼の味とか)や、密室で発見されたミイラ化遺体をめぐる本格ミステリ要素、コント風の会話を縦横無尽にちりばめ、さらに319個の注釈をサービスした結果、過去に類例のない小説が誕生した。驚きは、"宇宙エレベーターを弦として弾く"ネタが郝景芳とかぶったこと。これがホントの偶然の聖一致か(すまん)。

 S・J・モーデン『火星無期懲役』(金子浩訳/ハヤカワ文庫SF)★★½は、長期刑で服役中の囚人・男女7人を火星に送り込んで基地を建設させる民間プロジェクトをめぐるサバイバルもの。帯やカバー裏(重度ネタバレあり)を見ると、まるで孤島ミステリの火星版みたいだが、あいにくアダム・ロバーツと違って本格成分は希薄。途中、こ、これはもしや、市川憂人の某作と同じオチでは! と身を乗り出したが、さすがにそんなことはなかった(ムリです)。前半の苛酷な訓練と建設準備パートはなかなか面白い。

『郝景芳短篇集』(及川茜訳/白水社)★★★½は、ケン・リュウが英訳した「折りたたみ北京」でヒューゴー賞ノヴェレット部門を受賞した中国の女性作家・郝景芳(1984年生れ)の第二短篇集から、同作を中国語から訳した「北京 折りたたみの都市」など全7篇を訳出。白眉は、宇宙からの侵略者"鋼鉄人"に地球が征服された未来を描く「弦の調べ」「繁華を慕って」の二部作。前者は、地球と月を結ぶ宇宙エレベーターを弦のように振動させて鋼鉄人の拠点の月を破壊せんとする(ほとんどバカSF的に)壮大なテロ計画を、それに関わることになったバイオリニスト斉躍の側から描く。鋼鉄人は平気で地球人を殺すが芸術には寛容なのでバイオリン教室が大人気に──みたいなギャグすれすれのアイデアがシリアスに語られるのがおかしい。後者は、作曲を志して英国に留学する、斉躍の妻の側から意外な真実が語られる。ある意味、いちばん現代中国SFらしい作品かも。

 三方行成『流れよわが涙、と孔明は言った』(ハヤカワ文庫JA)★★★½は、ハヤカワSFコンテスト優秀賞の『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』でデビューした著者の作品集。「孔明は泣いたが、馬謖のことは斬れなかった。 硬かったのである」で始まる表題作はなにをどうしても馬謖が斬れない話でめちゃくちゃ面白い。あと一本選ぶと、ドラゴンカーセックス(竜と自動車の性交)ものの同人アンソロジー『WHEELS AND DRAGONS』に寄稿した巻末のドタバタ冒険ファンタジー「竜とダイヤモンド」が快作。

 大塚已愛『鬼憑き十兵衛』(新潮社)★★★★は日本ファンタジーノベル大賞復活後2作目の大賞受賞作。よくできたチャンバラ時代ファンタジー──かと思いきや、最後は伝奇方向に広がり意外な景色を見せてくれる。時は寛永年間。肥後・細川家の剣術指南役、松山主水が、荘林十兵衛一党に暗殺される(史実ここまで)。そこに「主水には山人の子として山で育てられていた息子・十兵衛がいた」という設定を載せ、壮絶な復讐劇を描く。その強力な助っ人が、"鬼"の大悲。男でも思わず見惚れる超絶ハンサムだが、十兵衛が斬り殺した相手を片っ端から喰らい、記憶を見て、黒幕探しに協力する。中盤からは金髪碧眼の美少女も登場、一大活劇が展開される。

"栗本薫/中島梓没後10年、グイン・サーガ誕生40年記念出版"と謳う今岡清『世界でいちばん不幸で、いちばん幸福な少女』(早川書房)は、"彼女の担当編集者であり夫であり、いちばんそばにいた最大の理解者である今岡清が、作家の知られざる素顔を交えながら、その挑むような生き方、苦悩そして想い出をゆるやかに綴る貴重なエッセイ集"(袖より)。連載当初から、赤裸々すぎる私生活語り(第2章「村のお話」とか)が話題を呼んだが、あらためて通読するとつくづく栗本さんも凄いが今岡さんも凄い。

(本の雑誌 2019年6月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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