才気煥発なデビュー作『破滅の刑死者』を推す!

文=千街晶之

  • 破滅の刑死者 内閣情報調査室「特務捜査」部門CIRO-S (メディアワークス文庫)
  • 『破滅の刑死者 内閣情報調査室「特務捜査」部門CIRO-S (メディアワークス文庫)』
    吹井 賢,カズキヨネ
    KADOKAWA
    671円(税込)
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 以前、このコーナーで紹介した浅倉秋成『教室が、ひとりになるまで』や、詠坂雄二の新刊『君待秋ラは透きとおる』、安萬純一の時代ミステリ『滅びの掟 密室忍法帖』等々、異能バトルと頭脳バトルを融合させた秀作が相次いで刊行されている。第二十五回電撃小説大賞「メディアワークス文庫賞」を受賞した吹井賢のデビュー作『破滅の刑死者 内閣情報調査室「特務捜査」部門CIRO-S』(メディアワークス文庫)もそのひとつだ。

 大学生の戻橋トウヤは、友人を救うために暴力団員とのギャンブルに挑む。ところがその最中、金髪の男が乱入して暴力団員たちを殺害。現場から逃走したトウヤは、その三日後、普通ではあり得ない事件を扱う内閣情報調査室「特務捜査」部門に属する雙ヶ岡珠子の訪問を受ける。事件の裏には、ある極秘ファイルが存在するらしい。

 珠子は犯人を目撃したトウヤを保護しようとするのだが、トウヤのほうはおとなしく保護されるようなタマではない。冒頭、暴力団事務所に乗り込んだり、三階の窓から飛び降りたりするシーンから窺えるように、命知らずにも程がある性格で、しかも駆け引き上手。自分の顔を知ってしまった刺客から逃げるどころか、闇の犯罪組織に自ら乗り込み、関係者とのギャンブルで情報を引き出そうとする。この駆け引きの描写が実にエキサイティングだ。しかもトウヤは何らかの異能の持ち主らしく、その秘密も物語の推進力となっている。キャラクターの魅力と頭脳戦の魅力が冴え渡る才気煥発なデビュー作だ。

 柄刀一『或るエジプト十字架の謎』(光文社)には、『OZの迷宮 ケンタウロスの殺人』や『密室キングダム』などで活躍した名探偵・南美希風が十一年ぶりに登場する。彼は、世界法医学シンポジウムのために来日したアメリカ人法医学者エリザベス・キッドリッジをエスコートすることになった。二人の前に次々と現れる不可解な事件とは。

 収録作四篇中、前半の二篇は美希風とエリザベスのコンビが実地検分に赴いた事件現場を扱い、後半二篇は美希風が偶然犯罪に巻き込まれる展開となっているが、「或るローマ帽子の謎」「或るフランス白粉の謎」といったタイトルから窺えるように、いずれもエラリー・クイーンの「国名シリーズ」の趣向を踏襲している。単に道具立てが同じというだけではなく、ロジカルな推理を重視した点もクイーン流なのだ。中でも、犯人が被害者の身元を隠す意図もないのに首を切断し、胴体をT字型の案内板に括りつけるという手間のかかる行為をしなければならなかった理由を推理する表題作は圧巻の出来だ。

 ある作家から「倒叙ミステリを書いていると、犯人の計画の穴を考えるのが難しくてつい完全犯罪になってしまう」と聞いたことがある。知能犯が考えた完全犯罪計画を探偵役がいかに見破るかが『刑事コロンボ』型の倒叙ミステリの読みどころだが、もし犯人が超自然的な力を借りて完全犯罪を成し遂げてしまったら......というのが、青柳碧人の連作短篇集『悪魔のトリック』(祥伝社文庫)の発想だ。

 誰かに対して殺意を抱いた人間の前に悪魔が現れ、殺人計画のためにひとつだけ人智を超えた能力を与えてゆく。そんな力による完全犯罪なら常人には見破れないだろうし、たとえ見破れても立証は不可能なのでは......と思うだろうが、本書では探偵役も尋常なキャラクターではない。「マルディー案件」と呼ばれるそれらの事件専門の捜査官、九条一彦刑事だ。彼は悪魔の力が存在するという前提のもとで推理を進めていくし(警察内でかなり特殊な権限を与えられているらしい)、解決の方法も型破りそのもの。特殊設定ミステリの面白さが加わった、普通とは一味違う倒叙ミステリをご賞味あれ。

 真梨幸子『初恋さがし』(新潮社)には、所長も調査員も全員女性の探偵事務所「ミツコ調査事務所」が登場する。その目玉企画は「初恋の人、探します」というもの。この時点で「よせばいいのに」としか思えないのだが、案の定、ろくでもない依頼が来るようになり、スタッフたちも次々と事件に巻き込まれてゆく。

 登場人物は女もみんなクズなら男はもっとクズで、「イヤミスの女王」と呼ばれる著者の作風をたっぷり味わえる。話が進むにつれて、一見無関係に思えた人々の意外なつながりが暴かれ、相関図が複雑な様相を呈してゆくあたりも著者らしい。登場人物の誰も安全地帯にはいられないスリリングな物語だ。

 最後の一冊はミステリではないけれども、ミステリ作家が書いた異色作として、倉知淳『作家の人たち』(幻冬舎)を紹介したい。売れないミステリ作家が各出版社にしつこく営業をかける「押し売り作家」、面談方式で新人作家を発掘しようという発想から生じた珍騒動を描く「持ち込み歓迎」、直木賞ならぬ植木賞の選考会をコミカルに描いた「文学賞選考会」など、出版業界が舞台の七篇から成っている。

 とにかく慄然とさせられるのが「夢の印税生活」。新人賞を受賞して最初は各社からちやほやされたものの、本が売れずに次第に見捨てられてゆく作家の生活を一年ごとの年収とともに綴っているのだが、この年収の金額がやたらリアルなのだ。作家や作家志望者が読めばどんなホラーより背筋が凍ることは請け合いだが、いかなる状況でも物語を紡がずにはいられない作家の業を描いた「遺作」が巻末に置かれていることで救われた気分になる(いや、厳密には救われる話ではないのだが......)。版元がよりによって今話題の幻冬舎というのも、スキャンダラスな内容に相応しい。

(本の雑誌 2019年8月号掲載)

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●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

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