道尾秀介の実験的小説『いけない』を必読だ!

文=千街晶之

  • 虚構推理 スリーピング・マーダー (講談社タイガ)
  • 『虚構推理 スリーピング・マーダー (講談社タイガ)』
    城平 京,片瀬 茶柴
    講談社
    792円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • キラキラネームが多すぎる 元ホスト先生の事件日誌 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『キラキラネームが多すぎる 元ホスト先生の事件日誌 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    黒川 慈雨
    宝島社
    748円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 そういえば、道尾秀介というペンネームは都筑道夫に由来しているのだった──ということを久々に思い出させてくれたのが『いけない』(文藝春秋)だ。都筑道夫は、本の束見本に書かれた手記の体裁を取った『猫の舌に釘をうて』、翻訳小説風の物語が作中作として展開される『三重露出』といった趣向を凝らした作品群で知られるが、道尾が『いけない』で挑んだのは、各章の最終ページにある図や写真によって、それまでに綴られてきた物語に秘められた真実が判明する──という趣向だ。

 といっても、図や写真を見れば一瞬で真相がわかるわけではなく、注意深く再読すると真相が見えてくる、一種の「考えオチ」である。だが、真実に到達した瞬間に読者が爽快感よりも空恐ろしさを感じるのは、作中で起こる事件の真相が闇に葬られるのに、読者だけが意図せざる目撃者として、それを覗き込んでしまったかのような立場に置かれるからだ。また、ラストの図や写真が真実を語るとはいえ、各章の記述にはどこかしら事実の空白部分が残り、隔靴掻痒とも言うべき気分にさせられるけれども、終章でそれらの空白はすべて埋められる。作中で起きたことをすべて見届けるのは読者だけである、という点はそれまでの章と同様ながら、ここで別種の余韻が生じるあたりが味わい深い。著者の作品の中でも最も実験的な部類であり、今年度必読の一冊だ。

 三津田信三『魔偶の如き齎すもの』(講談社)は、作家探偵・刀城言耶の若き日の活躍を描いた四つの中短篇を収録している。戦後の東京で、言耶は小間井という刑事から不可解な殺人事件について意見を聞かれた(「妖服の如き切るもの」)。この一件以降、彼は小間井から怪事件のたびに助言を求められるようになる。

 仲違いした兄弟が互いの息子を引き取って暮らしている二軒の家、自分が不死の存在になったという妄想に憑かれた男と信者たちの奇怪な共同生活、伸びたり縮んだりする建物、卍型の建物で起きた犯罪......と、各エピソードのシチュエーションの凝りようが楽しい。のみならず、短時間で二転三転どころか四転も五転もする刀城言耶の推論も、分量が短いぶん濃縮度の高さが凄まじい。個人的ベストは、まんまと騙されたあとで再読して著者の用意周到ぶりに感嘆させられる表題作。著者の旧作を想起させるネタを、より説得力のあるミステリに仕立て直した「巫死の如き甦るもの」も異様な面白さがある。

 二○一二年に第十二回本格ミステリ大賞を受賞した城平京の『虚構推理 鋼人七瀬』(文庫化の際に『虚構推理』と改題)は、妖怪に知恵を授ける代わりに片目と片腕を失った少女・岩永琴子と、その恋人で人魚の肉を食べて不死となった青年・桜川九郎が、超常現象が絡む事件に虚構の推理で解決を与える異色本格ミステリで、来年のアニメ化が決定している。この「虚構推理」シリーズの最新作が『虚構推理 スリーピング・マーダー』(講談社タイガ)だ。タイトルから推察される通り、今回のメイン部分のテーマはアガサ・クリスティー風の「回想の殺人」。琴子の高校時代の先輩にとって遠縁にあたる老富豪が、琴子に奇妙な依頼をする。二十三年前に妖狐の力を借り、完璧なアリバイを作って妻を殺した彼が、自分を殺人者として親族に認めさせたいというのだ。妖怪の実在を伏せたまま、嘘の推理で老富豪を真犯人だと証明する......という屈折した難題を、これまたひねくれた結末に着地させるロジックがいかにも著者らしい。人間に対して冷淡なのか、それとも関係者のことを多少は慮っているのか、何とも判定し難い琴子の言動に秘められた原理を九郎が語る最終章も印象的である。

 第十七回『このミステリーがすごい!』大賞の候補作からは四作が「隠し玉」として七月初頭に一斉に発売されたが、ここでは最もユニークな設定の黒川慈雨『キラキラネームが多すぎる 元ホスト先生の事件日誌』(宝島社文庫)を紹介しよう。ホストから小学校教師に転職した上杉三太は一年♠組の担任になったが、学校で飼っていたミーアキャットの死体が教室内で発見されるなどのトラブルに直面する。

 クラスの児童たちの名前は、蒼星、百獣王、愛水杏など、所謂キラキラネームばかり(どう発音するかは実際に読んで確認していただきたい)。読み方を憶えるのも一苦労だが、奇を衒ったようなこの設定が感動の結末に着地するのだから驚きである。チャラい主人公が共感を持てる人物へと成長してゆく描写も説得力を感じさせる。タイトルや設定から漂う際物っぽさで敬遠するなかれ。
 かつての日本は天災などがあると年号を改めたものだが、鳥飼否宇『天災は忘れる前にやってくる』(光文社)の作中の日本は、改元の翌年に千人の死者を出した大地震が起きたのをはじめ、大規模な天災が日常茶飯レヴェルで発生している。主人公は、大手マスコミが相手にしないようなネタを面白おかしく拡散する自称ネットジャーナリスト・郷田俊男と、その下で働く三田村智己。彼らの行くところ、必ず地震・噴火・豪雪などの災害が発生し、同時に殺人事件も起きる。

 各篇とも解決に至る過程は急転直下の印象だが、そのぶん、下司な言動の郷田が一瞬で名探偵に変貌し、整然たる推理を発揮するというギャップが楽しめる(といっても、金銭取引を条件として犯人に真相揉み消しを持ちかけるなど、彼の下司な部分は変わらないのだが)。七篇中のベストは、竜巻の直後、首なし死体が教会の十字架に串刺しになっているのが発見される「前門の虎、後門の狼」。何ともブラックな味わいの連作だ。

(本の雑誌 2019年9月号掲載)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

千街晶之 記事一覧 »