劉慈欣『三体』は歴史を動かす一冊だ!

文=大森望

  • 三体
  • 『三体』
    劉 慈欣,立原 透耶,大森 望,光吉 さくら,ワン チャイ
    早川書房
    2,039円(税込)
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  • 巨神降臨 上 (創元SF文庫)
  • 『巨神降臨 上 (創元SF文庫)』
    シルヴァン・ヌーヴェル,佐田 千織
    東京創元社
    1,100円(税込)
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  • 巨神降臨 下 (創元SF文庫)
  • 『巨神降臨 下 (創元SF文庫)』
    シルヴァン・ヌーヴェル,佐田 千織
    東京創元社
    1,100円(税込)
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  • エレクトリック・ステイト THE ELECTRIC STATE
  • 『エレクトリック・ステイト THE ELECTRIC STATE』
    シモン・ストーレンハーグ,山形 浩生
    グラフィック社
    2,987円(税込)
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  • さよならの儀式
  • 『さよならの儀式』
    宮部みゆき
    河出書房新社
    849円(税込)
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  • 5分間SF (ハヤカワ文庫JA)
  • 『5分間SF (ハヤカワ文庫JA)』
    草上 仁,YOUCHAN
    早川書房
    704円(税込)
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  • 機械の精神分析医
  • 『機械の精神分析医』
    岡本俊弥
    NextPublishing Authors Press
    1,870円(税込)
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 自分が関わった本ですみませんが、今月はやっぱりこれ、中国SFの超話題作、劉慈欣『三体』(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳、立原透耶監修/早川書房)から。

 ケン・リュウによる英訳はアジア初&翻訳もの初のヒューゴー賞長編部門を受賞し、『黒暗森林』『死神永生』と続く三部作総計では、中国だけで2100万部、全世界だと2900万部だという。SFの歴史を塗り替えたこのモンスター小説が、原書刊行から11年半を経て、ついに日本上陸を果たした。

 とはいえ、中国のSFがどれだけ受け入れられるのか......と思っていたところ、翻訳SFハードカバーとしては前代未聞の売れっぷりで、発売5日目にして10刷8万6千部(累計)という驚愕の数字を叩き出した。

 ふだん全然SFを読まない人まで飛びついてる感じですが、話の骨格は、セーガン『コンタクト』とクラーク『幼年期の終り』と小松左京『果しなき流れの果に』を一緒にしたような、たいへん古風な本格SF。

 文革期の混乱の渦中、理論物理学者の父親が糾弾集会で紅衛兵に惨殺される現場を目撃し人類に絶望した女性天体物理学者・葉文潔の数奇な運命を描く過去パートと、ナノマテリアル研究者の汪淼が超自然的な怪異に見舞われる現在パート(鈴木光司風)が並行して進んでいく。その汪淼が事件解決の手がかりを求めてプレイする作中のオンラインVRゲーム『三体』がめちゃくちゃ面白いのも本書の特徴(『折りたたみ北京』収録の短編「円」はその一部を改作したもの)。いまどきよくもまあこんな古めかしい設定で書くよなあ──と思っているうちにぐいぐい引き込まれていく点では、ホーガン『星を継ぐもの』の21世紀版か。さらに終盤ではバリントン・J・ベイリーばりの超絶バカSF展開が炸裂し、読者を唖然とさせる。この蛮勇は、英語圏や日本のジャンルSFには真似できない。洗練をかなぐり捨ててひたすら面白さを追求する姿勢がSFの原初的なわくわく感を甦らせ、一般読者を引きつけたのだとすれば、いろいろ反省しないといけない気もしてくる。そういう意味でも、SFの歴史を動かす1冊かも。

 その《三体》三部作と共通する題材を扱っているのが、シルヴァン・ヌーヴェル《巨神計画》三部作。巨大ロボットのパーツを発掘して組み立てるプロジェクトものから、第2巻でコンタクトものに転調し、完結編『巨神降臨』(佐田千織訳/創元SF文庫)★★★½では、異星に連れ去られた主人公たちの対話記録を通じて異文化が描かれる。今回クローズアップされるのは家族の関係を軸とする人間ドラマなので、前2巻ほどの派手さや目新しさはないものの、巻ごとに趣向を変えつつきっちり幕を引くという難題は鮮やかにクリアしている。三部作全体としては今世紀の翻訳SF指折りの収穫。なお、著者は7月末の日本SF大会に合わせて来日予定。

 4月に出た本なのにすっかり紹介が遅れたシモン・ストーレンハーグ 『エレクトリック・ステイト』(山形浩生訳/グラフィック社)★★★½は、スウェーデンのアーティストによるグラフィック・ロードノベル。ドローン戦争で荒廃した1997年のパシフィカ(北米大陸の架空の国家)を舞台に、おもちゃロボットを連れて西へ向かう19歳のミシェルの旅を描く。中編並みの分量があるテキストはモノローグ形式で、凝ったSF設定が見えてくるのに時間がかかるが(訳文がいまいちフィットしてない感も)、ビジュアルはすばらしい。

 以下、日本SFの短編集が3冊。宮部みゆき『さよならの儀式』(河出書房新社)★★★★½は、著者初の本格SF短編集。《NOVA》掲載の5編を軸に、2010年から18年にかけて発表された8編を収録する。『SF JACK』初出の表題作は、寿命が来た家庭用ロボットとの別れを描く叙情的な短編......かと思いきや、意外なツイストがきれいに決まる。タイムトラベルや宇宙人など、SF定番のネタが宮部流にどう料理されているのかも見物だが、もっともインパクトがあるのは、80ページを超える中編「聖痕」。罪と罰、正義とその執行というテーマに思いがけない方向から切り込み、テッド・チャン作品を思わせる読み応え。SF作家宮部みゆきの実力を見せつける1冊だ。

 草上仁『5分間SF』(ハヤカワ文庫JA)★★★½は、ソボル『2分間ミステリ』にあやかったつくりのショートショート集。91年以降のSFマガジン掲載作に書き下ろし2編を加えた全16編を収める。いずれも楽しく読めるが、とりわけ新作の「トビンメの木陰」がすばらしい。とはいえ、四半世紀ぶりの短編集としては分量的にぜんぜん物足りない。もっと、草上仁短編集を!

 岡本俊弥『機械の精神分析医』(スモール・ベア・プレス)★★★½は、SF書評の大ベテランによる初短編集。全10編のうち表題作を含む5編は、アシモフが描くロボット心理学者の現代版みたいなトラブルシューター(民間企業勤務)楳木匠が語り手をつとめるAI事件簿。表題作では、軍用機に使われているインテリジェント・ボルトの不具合の意外な理由が焦点になる。リアルな設定と技術者的な視点、ひねりの利いたオチが特徴で、藤井太洋の至近未来ものと近いテイスト。連作外では、市役所の職員が急な海外出張をきっかけに猛スピードで出世しはじめる「マカオ」や、著作権のある小説をAIに機械学習させて小説を書かせることは知的財産の盗用にあたるとの判例が出た結果、物語を生成する〝登場人物〟の求人が生まれる「人事課長の死」が秀逸。

(本の雑誌 2019年9月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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