巻を措く能わずの『盲剣楼奇譚』が面白い!

文=千街晶之

  • 犯人IAのインテリジェンス・アンプリファー -探偵AI 2- (新潮文庫nex)
  • 『犯人IAのインテリジェンス・アンプリファー -探偵AI 2- (新潮文庫nex)』
    吝, 早坂,VOFAN
    新潮社
    605円(税込)
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  • コウサツ 刑事課・桔梗里見の囮捜査
  • 『コウサツ 刑事課・桔梗里見の囮捜査』
    前川裕
    KADOKAWA
    1,760円(税込)
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  • よろず屋お市: 深川事件帖 (ハヤカワ時代ミステリ文庫)
  • 『よろず屋お市: 深川事件帖 (ハヤカワ時代ミステリ文庫)』
    誉田 龍一,ヤマモトマサアキ
    早川書房
    748円(税込)
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 タイトルと表紙イラストの印象から、島田荘司『盲剣楼奇譚』(文藝春秋)を時代小説だと思い込む読者も多そうだ。しかし、本書は吉敷竹史刑事シリーズの久々の新作である。敗戦直後、金沢の芸者置屋に立てこもり中の五人の暴漢が、忽然と現れた美剣士により一瞬で斬り殺されるという現実離れした事件が起きた。それから七十数年後、当時の目撃者である女性の孫娘が誘拐され、吉敷が解決に乗り出す。

 ......という話である筈なのだが、実は本書で最大の分量を占めるのは、現代の事件と直接関係ない江戸時代パートだ。ひとりの美剣士を主人公として、『七人の侍』などの時代ものの名作を想起させるような物語が繰り広げられるのだが、このパートの生彩がただごとではなく、「巻を措く能わず」という表現がこれほど相応しい小説もないと思えてくる。著者は今までにも『写楽 閉じた国の幻』などで時代小説に挑んだことはあったが、その文体が、これほど剣豪小説とマッチするとは誰が予想しただろうか。そちらに分量を費やしたぶん、現代パートの印象がやや薄れた感も否めないものの、小説として圧倒的に面白いことは間違いない。

 シリーズ久々の新作といえば、法月綸太郎『法月綸太郎の消息』(講談社)もそうだ。収録作四篇のうち、「あべこべの遺書」と「殺さぬ先の自首」は名探偵・法月綸太郎が、父親の法月警視からの情報だけで犯罪を解決する、このシリーズの短篇ではお馴染みの安楽椅子探偵スタイル。不可解な状況から導き出される思いがけない推論が楽しめる。

 シリーズとして新境地なのは残り二篇で、作風としては『ノックス・マシン』からSF要素を取り除いた趣だ。まず「白面のたてがみ」は、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ譚のうち、ワトスンが登場しない「白面の兵士」「ライオンのたてがみ」が執筆された理由から、その背後の事情を推測する物語。もうひとつの「カーテンコール」は、アガサ・クリスティーの問題作『カーテン』の記述から、名探偵ポアロをめぐる謎を推理する物語だ。ドイルやクリスティーのテキストを深読み・裏読み何でもありの手段で読解した果てに繰り広げられる推論は、「ドイルもクリスティーも絶対そんなことは考えてないだろう」と思いつつも、そのアクロバティックさがひたすら楽しい。ミステリ作家にして評論家でもある著者の才能の両輪が、理想的なかたちで合体した快作である。

 昨年刊行された早坂吝の『探偵AIのリアル・ディープラーニング』は、ミステリ小説を学習することで推理方法を身につけた探偵AI「相以」と、ミステリ漫画から犯罪の手口を学習した犯人AI「以相」の対決を描いたSF本格ミステリの傑作だったが、『犯人IAのインテリジェンス・アンプリファー』(新潮文庫nex)はその続篇だ。前作で相以に敗北を喫した以相は、ある人物を味方につけた新たな犯罪計画で巻き返しを図る。

 前作が連作短篇集スタイルだったのに対し、今回は長篇。しかも扱われるのは、外交問題が絡んできそうになったり、首相公邸が殺人現場になったり......といったスケールの大きな事件である。そのため、前作で濃厚だったパロディや本歌取りなどの遊び心は影を潜め、かなりシリアスな雰囲気になっている。とはいえ、華々しく連打される豪快なトリックはこのシリーズならでは。ミステリ的な仕掛けを別にしても、前作でけりがついていなかった部分にすべて何らかの決着が用意され、主要登場人物全員のドラマが見事に完結している点にも注目だ。

 前川裕『コウサツ 刑事課・桔梗里見の囮捜査』(KADOKAWA)の主人公・桔梗里見は、武蔵野署の刑事になって三年目。そんな彼女が初めて臨場した殺人事件現場は、女子大生が絞殺され臍をえぐり取られるという猟奇的なものであり、しかも連続殺人のうちの一件である可能性が浮上する。桔梗がコンビを組むことになった本庁の刑事・平瀬は、プロファイリングの専門家だがとっつきにくい変人だった。

 著者としては初めての女性刑事ものだが、容疑者たちばかりか捜査陣さえ信用できない人間ばかりだし、主人公の桔梗も奇妙な妄想を繰り広げるので、全篇に著者の小説特有の不穏な空気が漂う。事件が決着したあとに起きる、この種の警察小説としては型破りな出来事が人間不信に陥りそうなほど衝撃的で、本書の読後感を忘れられないものとしている。

 誉田龍一『よろず屋お市 深川事件帖』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)は、早川書房から九月に創刊されたレーベル「ハヤカワ時代ミステリ文庫」の一冊として書き下ろされたものだ。育ての親である岡っ引きの万七が謎の死を遂げ、いきなり身寄りのない女一人の身で生きていかなければならなくなったお市は、万七の稼業である「よろず頼みごと ねずみ屋」を引き継ぐことにした。

 お市は万七からジーファー(琉球の簪)を使った武術を仕込まれているので並みの男よりは腕が立つし、よろず屋としての調査の極意も万七から聞かされていたため、この稼業にはうってつけに見える。しかし、若い上に仕事を急に引き継いだため経験が浅く、善人めかした顔の裏に奸計を隠した悪党の本性を見抜けなかったり、良かれと思ってしたことが取り返しのつかない事態を招いたりもする。幾つもの事件を潜り抜け、身も心も傷つきながら、彼女は経験を積み、一人前のよろず屋へと成長してゆくのだ。その孤軍奮闘ぶりを綴る筆致は、ひたすらハードながら彼女への共感を滲ませている。女性私立探偵小説ファンは必読の一冊だ。

(本の雑誌 2019年11月号掲載)

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●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

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