"幻の名作"の大将格『パラドックス・メン』が出た!
文=大森望
『危険なヴィジョン』完全版完結に続いて、今度はワイドスクリーン・バロックの代名詞、チャールズ・L・ハーネス『パラドックス・メン』(中村融訳/竹書房文庫)★★★★がついに出た。時間が! 巻き戻ってる!! なにせ、書かれたのは70年前。並み居る"幻の名作"群の中でも大将クラスで、とにかく翻訳されたことに意義がある。中身については、まあ......と思いきや意外と読める。ヴァン・ヴォートからバリントン・J・ベイリーに至る大河のまさにど真ん中に位置する感じ。
時は2177年。われらが主人公アラールは、5年前に墜落した宇宙船内で見つかった、記憶のない男。その後〈盗賊〉となり、いましも大富豪シェイ伯爵の宝物庫に忍び込むが、衛士たちが殺到。たちまち起こる剣戟の響き──という時代がかった場面から、宮廷陰謀劇風の物語が幕を開ける。生物を進化/退化させる重力屈性計画、360億光年を隔てた『鏡』銀河、年速20億光年(って光速の20億倍?)で航行する銀河間船──いわく、「昨日はマゼラン雲のすぐそばを通過したので、引力でたがいに引きあい、危うく衝突するところだった」──そして"目からビーム"光線! この大らかさと妙な理屈っぽさがすばらしい。最近、アニメ版「彼方のアストラ」の細部に突っ込みまくるカスタマーレビューが「日本でSFが滅びた理由」として槍玉に挙げられ、晒した方も晒された方も炎上する事件があったが、どうせならこれとか(『三体』でも可)にガンガン突っ込んで盛り上げてほしい。
同じく記憶喪失の主人公が登場し、実は重要人物だったと後に判明するのが、ウィル・マッキントッシュ『落下世界』(茂木健訳/創元SF文庫)★★★½。これが初邦訳となる著者は、62年米国生れでクラリオンSF創作講座出身。原書刊行は2016年ですが、設定のぶっとびかたはハーネスもびっくり。なにしろ、主人公が目覚めると、世界は虚空に浮かぶ小島になってて、全住人は記憶を失い、自分が誰なのかもわからないまま、口減らしのため、島の縁から子どもたちを投げ捨てているのである。主人公はパラシュートを自作し、ビルのてっぺんから飛び下りてその有効性を実証しようとするが、うまく傘が開かず、世界の縁を越えて果てしなく落下しつづける。だがもし、他にも浮島があれば、着地できるかも!
......という話の合間に、崩壊の危機に瀕した近未来アメリカで世界を救う研究を続ける2人の科学者の話がカットバックで挿入される。かたや、物質複製(量子クローニング)技術担当のノーベル賞物理学者。かたや、蔓延する死病の感染性因子となるブリオンを抑制するウイルスを開発中の生物工学者。両者は妻同士が姉妹という関係だが、ある出来事をきっかけに不倶戴天の敵同士に......。下巻の帯にでっかく"シンギュラリティの途方もない力!"と書いてあって、なんだ、AIものかよ、と脱力しかけるが、そうじゃないので大丈夫。いやまあ、あんまり大丈夫でもなく、『パラドックス・メン』級に強引だけど、落下世界の超ユニークな設定と後半の超バカバカしいアクションが楽しい。復讐のために世界を破滅させたり、登場人物がどんどん死んだりするあたりはWSBぽいかも。
同じく創元SF文庫でその前の月に出たベッキー・チェンバース『銀河核へ』(細美遙子訳/創元SF文庫)★★★は、今年のヒューゴー賞シリーズ部門に輝く《ウェイフェアラー》シリーズの開幕編。訳あり少女が事務員(?)として民間宇宙船に採用され、銀河共同体から受注した大仕事に出発するが、その儲け話には裏が......。毎回違うクルーにスポットがあたる1話完結のドラマみたいな作劇で、(非ヒューマノイド種属含め)必然的にキャラは立っているものの、メインストーリーはいかにも弱い。このゆるい感じは米国版「なろう」系?(転生はしません)
クラウドファンディングで集めた資金を執筆中の生活費に充てて完成に漕ぎつけ、個人出版したところ人気が出て商業出版したら大ヒット──という背景含めてたいへん今っぽいSF。
渡辺浩弐『令和元年のゲーム・キッズ』(星海社FICTIONS)★★★½は、SFショートショート集《ゲーム・キッズ》シリーズの第5弾。今回は、法律で寿命が50歳までに制限された社会を背景にした連作で、ブラックなオチが冴える。
阿部和重『オーガ(ニ)ズム』(文藝春秋)★★★★は、『シンセミア』『ピストルズ』に続く《神町》トリロジーの完結編。作家・阿部和重が主人公となり、菖蒲家による現実操作、感覚遮断タンクが見せる明晰夢、『オズの魔法使い』ネタ、さらには超新星爆発までとりこんで、スパイ冒険活劇と改変歴史SFを重ね合わせる860頁の超大作。話は2040年まで広がるが、まだまだもっと先まで見せてほしい。
宮内悠介『遠い他国でひょんと死ぬるや』(祥伝社)★★★★は、戦没詩人の足跡を求めてフィリピンに渡った元映像ディレクターを描く社会派サスペンス──かに見えて、フリルのドレスを着た自称トレジャーハンターのお嬢さまや(飛行石ならぬ)蛍石を持つ娘が登場、中盤はほとんどジブリアニメ的な冒険が描かれる。
松葉屋なつみ『星砕きの娘』(東京創元社)★★★½は第4回創元ファンタジイ新人賞受賞作。鬼の砦に囚われていた少年・鉉太は、ある日、川を流れてきた蓮の蕾を拾う。蕾は赤子に変じ、たちまち美しい娘に成長。おまけに恐ろしく腕が立ち、破魔の剣を揮って鬼を退治するが......。のっけからぐいぐい読ませる伝奇時代小説の秀作。なお、著者は14年の第10回C★NOVELS大賞受賞者。
(本の雑誌 2019年11月号掲載)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »