ヘラー『燃える川』は迫真のアウトドアサスペンスだ!

文=吉野仁

  • 燃える川 (ハヤカワ文庫 NV ヘ 23-1)
  • 『燃える川 (ハヤカワ文庫 NV ヘ 23-1)』
    ピーター・ヘラー,上野 元美
    早川書房
    1,254円(税込)
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  • 解放 ナンシーの闘い (集英社文庫)
  • 『解放 ナンシーの闘い (集英社文庫)』
    イモジェン・キーリー,雨海 弘美
    集英社
    1,320円(税込)
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  • 白が5なら、黒は3 (ハヤカワ・ミステリ)
  • 『白が5なら、黒は3 (ハヤカワ・ミステリ)』
    ジョン・ヴァーチャー,関 麻衣子
    早川書房
    1,980円(税込)
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  • ビーフ巡査部長のための事件 (海外文庫)
  • 『ビーフ巡査部長のための事件 (海外文庫)』
    レオ・ブルース,小林 晋
    扶桑社
    1,100円(税込)
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  • ロックダウン (ハーパーBOOKS)
  • 『ロックダウン (ハーパーBOOKS)』
    ピーター メイ,堀川 志野舞,内藤 典子
    ハーパーコリンズ・ ジャパン
    1,200円(税込)
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  • 危険な男 (創元推理文庫)
  • 『危険な男 (創元推理文庫)』
    ロバート・クレイス,高橋 恭美子
    東京創元社
    1,496円(税込)
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 昨年、ヴィンテージ・ウェスタン・ペイパーバックの書評を年代ごとにまとめた、アメリカのファンジン"HOT LEAD"特別号を手にいれたことから、西部小説への関心と知識量が急速に高まっていたのだが、ある新刊小説を読んでいると、このジャンルを代表する作家ルイス・ラムーアの話題が出てきて、おおっとなった。主役の青年ふたりともラムーア全作品を読破する愛好ぶりで、出会った日から熱心に語り合ったという。

 その小説とは、ピーター・ヘラー『燃える川』(上野元美訳/ハヤカワ文庫NV)だ。親友同士の大学生、ウィンとジャックは、カナダ北東部で、キャンプや釣りを楽しみながら、カヌーで湖をわたり川をくだっていた。ところがふたつの災難に巻き込まれてしまう。ひとつは森林火災。もうひとつは妻がいなくなったという不審な男の存在だ。迫りくる脅威に襲われながら、ふたりは必死で逃走と闘争をつづけた。至極単純な骨格をもちながらも内容は濃く、迫真のサバイバル劇が展開していく。すべてを焼き尽くそうとする猛火や悪をむきだしにした人間に追われ、いやおうなしに生死をかけた闘いにいどむ若者は、原初的な人間の姿にならざるをえない。後半、ライフルでたちむかう場面も登場する。すなわちルイス・ラムーアの愛読者という設定は作品の本質を暗示したもので、馬をカヌーに荒野を川におきかえた現代ウェスタンたる趣向なのだ。一方、力強さや美しさをたたえた風景や多様な動物たちの登場など詩情にあふれた場面も少なくない。多彩なアウトドアサスペンスを見せる傑作である。

 つづいてイモジェン・キーリー『解放 ナンシーの闘い』(雨海弘美訳/集英社文庫)は、第二次世界大戦中におけるドイツ占領下のフランスでナチスと闘った女性を描いた戦争小説だ。マルセイユでレジスタンス組織の支援をおこなっていたナンシーは、ナチスから白ねずみと呼ばれた活動家だった。しかし実業家の夫アンリが逮捕され、自身にも敵の手が迫ったため、国境を越え逃亡を果たした。英国に渡ったナンシーは、夫を救うために英特殊作戦執行部(SOE)に志願して工作員となり、フランスへ戻ってレジスタンス組織を指揮していく。やがてノルマンディ上陸から終戦まで彼女は活動をつづけた。波瀾万丈の人生をおくった実在の女性をモデルにしており、ヒロインの強烈な個性のみならず、決死の脱出行をかわきりに、SOEで男性にまじっての戦闘訓練をはじめ、戦時中のさまざまな潜入・工作・脱出といった作戦の詳細と過程がしっかり描かれているため、夢中で読みすすめてしまった。

 ジョン・ヴァーチャー『白が5なら、黒は3』(関麻衣子訳/ハヤカワ・ミステリ)は、一九九五年のピッツバーグを舞台に、コミック好きの青年が主人公をつとめる犯罪小説。ボビーは白人として生きながら、じつは黒人の血が流れていた。あるとき刑務所から出所した親友アーロンと三年ぶりの再会をはたしたものの、その変わり果てた姿に驚く。身体じゅうにタトゥーを入れたアーロンは、人種差別を口にする白人至上主義者になっていたのだ。しかも、ある店で黒人青年にからまれたアーロンは、傷害事件を起こしてしまう。人種問題をテーマにした本作は、青年をとりまく人々をはじめ、社会や家庭のきびしい状況が細やかに語られていく。それらが犯罪を生み出す土壌と深くかかわっていることを考えさせられる物語だ。

 レオ・ブルース『ビーフ巡査部長のための事件』(小林晋訳/扶桑社ミステリー)は、一九四七年に発表されたビーフ巡査部長シリーズ第六長篇である。まずは、ウェリントン・チックルという時計職人が書いた日誌の記述がつづく。これは動機なき完全犯罪をもくろんだ男の殺人計画手記なのだ。それから一年後、森で頭部を銃で撃たれた死体が発見された。地元の警察は自殺として処理しようとしたが、被害者の妹は、警察を辞めて探偵となったビーフに事件の再調査を依頼した。ブレイク『野獣死すべし』を思わせる構成やツイストのきいた展開をみせる英国本格もので、作者ならではの皮肉あるユーモアも効いた探偵小説である。

 ピーター・メイ『ロックダウン』(堀川志野舞、内藤典子訳/ハーパーBOOKS)は、新型ウィルス感染症が猛威をふるい都市閉鎖されたロンドンを舞台にした犯罪スリラーだ。マクニール警部補は、肉をそぎ落とされた子供の骨が発見されたことに端を発する事件を追っていく。もともと二〇〇五年に書かれながら出版を見送られた作品だという。かなりの部分で現在のコロナ禍と重なる緊迫した状況を背景におきながら、主人公の捜査模様だけではなく、殺し屋ピンキーの視点から描いた場面も挿入され、サスペンスを高めている。こうした登場人物の個性や展開の面白さが光っており、現在の注目テーマに急遽あわせて作られたわけではないとわかる。たっぷりと娯楽小説として読ませるのだ。

 今月もっとも痛快な小説は、ロバート・クレイス『危険な男』(高橋恭美子訳/創元推理文庫)である。ロサンゼルスの探偵ジョー・パイクが主人公のシリーズ最新作。パイクは、銀行の窓口をつとめる女性イザベルが男たちに拉致されようとしている現場を目撃し、彼女を救い、男たちを警察につきだした。しかし、そのあとイザベルが失踪したばかりか、釈放された男たちが殺害されていた。なぜ彼女は正体不明の連中に狙われたのか。実力派のベテラン作家だけにアクションと謎の見せ方がうまく、なんてことはない単純な事件でさえ、ぐいっと読まされてしまう。はじめてシリーズを手にする読者でも楽しめるだろう。

(本の雑誌 2021年4月号掲載)

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●書評担当者● 吉野仁

1958年東京生まれ。書評家。おもにミステリを中心とした小説や本の書評、文庫解説などを執筆。

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