『ガラパゴスを歩いた男』でノンフィクションの喜びを堪能!
文=東えりか
「事実は小説より奇なり」。
ノンフィクションを読む喜びはこの言葉に尽きる。
丹羽典生『ガラパゴスを歩いた男 朝枝利男の太平洋探検記』(教育評論社)は、国立民族学博物館教授の著者が映像音響資料室で偶然見つけたある写真から物語が始まる。
それは一九三〇年代に行なわれたアメリカのガラパゴス探検隊に参加した日本人写真家、朝枝利男の作品だった。他に精密画や日記が残されていたが、朝枝という人物の記録はほとんど見つからない。彼は何者なのか? 本当にガラパゴスに最初に上陸した日本人なのか?
ガラパゴスといえばダーウィンだ。絶海の孤島で独自の進化を遂げた動物たちの発見は世界中を驚かせ、多くの人がこの島に憧れた。この発見から約100年経った一九三〇年代、探検家や研究者が訪れることも多くなっており、アメリカでは標本を収集するため資産家が自然史博物館に資金を提供して探検隊を組織していた。
その中に朝枝利男の名前がある。明治26年生まれ。日本では山岳研究家として著作の出版も決まっていた人物である。
本の印税をあてにシカゴ大学への留学を目論むも関東大震災で資金は途絶え、計画は白紙になってしまった。収入を得るために習得した動物剝製や写真技術で、以降は探検隊に必要な人材となっていく。
ガラパゴスだけでなく、探検隊はイースター島やソロモン諸島にも出向く。本書にはその活動や大量の写真や精密画、日記、歴史的な事件の証言が掲載されており興味は尽きない。モアイ像の石膏型を取る姿の写真には思わず笑ってしまった。
第二次世界大戦で収容所生活を余儀なくされたあともアメリカに残り、カリフォルニア科学アカデミーに勤務していたことはわかっている。ただ現段階では明らかにされていないことが多く引き続き研究が必要だ。謎解きはまだ続く。これもノンフィクションの醍醐味だ。
多くの謎を残し地球上から姿を消した動物たちは数多いる。
川端裕人『おしゃべりな絶滅動物たち 会えそうで会えなかった生きものと語る未来』(岩波書店)は二〇二一年に出版された『ドードーをめぐる堂々めぐり』(岩波書店)の姉妹編。絶滅した動物といってもはるか昔の恐竜のような存在ではなく、近代に消えてしまった動物たちのこと。それらの滅亡までの足跡を、出来るだけ正確な資料に基づくようにと現地を訪れ、残された現物を実際に見て、原典に近い文献に当たって取材した膨大な記録である。
紹介されている動物はステラカイギュウ、ドードー、オオウミガラス、リョコウバト、フクロオオカミ、ヨウスコウカワイルカ。どのように絶滅を辿ったか、最後の一頭はどうやって死んだかという記録を、根気よく掘り起こし原因を推測する。
さらに保存されている標本から絶滅動物を復活させる試み「脱絶滅」研究を考察する。
ファンタジー小説やSFが「絵空事」ではなくなっていく科学の進歩をまざまざと見せつけられる一冊である。
ダーウィンがフィンチという鳥の嘴の変化を発見したことで進化論の着想を得たことは有名なエピソードだ。だがその鳥たちが会話をしていると知ったら、ダーウィンは何というだろう。
鈴木俊貴『僕には鳥の言葉がわかる』(小学館)は世界で初めて東京大学に「動物言語学分野」という研究室を立ちあげた若き動物言語学者が研究の日々を綴った記録だ。
バードウォッチングに嵌った高校時代に動物行動学の研究者を目指した著者は大学3年生のとき、シジュウカラに出会う。これが彼の運命を決めた。
場所は真冬の軽井沢。銀世界に様々な鳥の声が響くなかシジュウカラをはじめとする"カラ類"の鳴き声が気になった。餌を見つけたコガラが「ディーディーディー」と激しく鳴きだすとすぐに"カラ類"が集まり餌をついばみ始めたのだ。
「餌のありかを仲間に報せているのか」と疑問を持った著者はその餌を移動させてみた。今度はシジュウカラが最初に見つけ「ヂヂヂヂ」と鳴く。また仲間の"カラ類"が集まりだす。
次の瞬間、鋭く「ヒヒヒ」と鳴いた鳥たちは一斉に飛びたち逃げた上空には天敵のハイタカが飛んでいた。危険を察知し仲間に報せたのか。
その疑問を解くため著者の研究が始まる。根気強い研究はやがて実を結び世界から注目を浴びるようになってきた。
この研究には大規模な装置はいらない。単独か少人数で鳥の声を収集し彼らの行動と比較すればいい。研究する仲間に両親をも引っ張り込む。自宅に巣箱を付けて24時間監視をしてもらうのだが、お二人が喜々として観察する様子がステキだ。
なんと二〇二五年、この研究が英・動物行動研究協会国際賞を受賞、というニュースが入った。動物と会話したいという夢はもうすぐ叶うかもしれない。
人類だって謎だらけだ。高野秀行『酒を主食とする人々 エチオピアの科学的秘境を旅する』(本の雑誌社)は著者が生態人類学者である砂野唯の著作『酒を食べる エチオピア・デラシャを事例として』(昭和堂)を読み、酒だけで生きている民族がいることに衝撃を受けたことから始まっている。
好奇心をそそられたが既に研究者は存在している。ならば現地に行ってみよう。折よく「クレイジージャーニー」というテレビ番組からオファーがきている。無理かと思われた現地入りの許可も下りた。
ここからテレビクルーを連れての珍道中が繰り広げられるのだが、実際に「酒だけで生きている民族」は存在した。そのうえ高野自身、酒だけの食生活で健康になっている。人類の謎はまだまだ深い。
(本の雑誌 2025年4月号)
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- ●書評担当者● 東えりか
1958年、千葉県生まれ。 信州大学農学部卒。1985年より北方謙三氏の秘書を務め 2008年に書評家として独立。連載は「週刊新潮」「日本経済新聞」「婦人公論」など。小説をはじめ、 学術書から時事もの、サブカルチャー、タレント本まで何でも読む。現在「エンター テインメント・ノンフィクション(エンタメ・ノンフ)」の面白さを布教中。 新刊ノンフィクション紹介サイト「HONZ」副代表(2024年7月15日クローズ)。
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