バラエティに富んだ復興支援アンソロジー『あえのがたり』を推す!

文=久田かおり

  • あえのがたり
  • 『あえのがたり』
    加藤 シゲアキ,今村 翔吾,小川 哲,佐藤 究,朝井 リョウ,柚木 麻子,荒木 あかね,今村 昌弘,蝉谷 めぐ実,麻布競馬場
    講談社
    2,200円(税込)
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  • 嵐をこえて会いに行く
  • 『嵐をこえて会いに行く』
    彩瀬 まる
    実業之日本社
    1,870円(税込)
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  • かぶきもん
  • 『かぶきもん』
    米原 信
    文藝春秋
    1,870円(税込)
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  • グッナイ・ナタリー・クローバー
  • 『グッナイ・ナタリー・クローバー』
    須藤 アンナ
    集英社
    1,760円(税込)
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  • 汽水域
  • 『汽水域』
    岩井圭也
    双葉社
    2,090円(税込)
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  • 死んだら永遠に休めます
  • 『死んだら永遠に休めます』
    遠坂 八重
    朝日新聞出版
    1,870円(税込)
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 2024年1月1日、能登半島を襲った大地震。あれから一年以上経った今も復興未だ道遠し、の能登半島への支援アンソロジー『あえのがたり』(講談社)は加藤シゲアキの直木賞待ち会から生まれた。タイトルの由来となった"あえのこと"とは「あえ=おもてなし」と「こと=まつり」という能登地方の言葉とのこと。その「おもてなし」をテーマとしたチャリティ企画に賛同した作家陣の豪華なことこの上なし。発起人加藤シゲアキ、今村翔吾、小川哲をはじめ、朝井リョウ、今村昌弘、蝉谷めぐ実、荒木あかね、麻布競馬場、柚木麻子、佐藤究が青春小説を、ミステリを、時代物を、SFを、とバラエティに富んだ物語を披露している。輪島塗をイメージした表紙は加藤シゲアキが描いているのだが、これまた美しくてよき。大きな災害があったとき、被災地や被災者にいろんな形で支援したい、しよう、と思うのだけど、その思いはいつの間にか薄れ忘れそして消えてしまう。そうならないために考えられたのが一冊の本として印税や売り上げを寄付するという形。残念ながら直木賞は受賞とはならなかったものの、加藤シゲアキが待ち会&残念会で思いついた企画を支えたのが先輩受賞者のお二人だったというのもなんだかとてもいい。三人が登場する動画もYouTubeに公開されているのでよろしけれはぜひ(「かたりごと-Document of あえのがたり」で検索)。そして書店員の立場としては、こういうたくさんの思いが込められた一冊をずっと書店の棚に置き続けてきちんと売り続けなければ、とそう思うのだ。

 東日本大震災の日に偶然東北地方にいて被災した経験を持つ彩瀬まるの『嵐をこえて会いに行く』(実業之日本社)は直接的に震災を描いているわけではない。けれどその経験の裏付けがあるからこそ、会いたい誰かに会いに行くことの大切さが伝わってくる。10年前に発売された『桜の下で待っている』は桜が咲く中、北へ北へと「ふるさと」への思いが繋がっていった。今度は会いたい誰かに向かって紅葉の中を北海道から南へ南へと下ってくる。大切な人に会うために大切な人との明日のために、新幹線に乗りおいしい駅弁を食べ、時間を超えて会いに行く。誰にとってもどこか覚えのある5つの心優しき物語だ。

 突然ですが歌舞伎を見たことありますか? 映画館で上映されるツキイチ歌舞伎やテレビの画面越しとはちがってほんまもんの歌舞伎ってそりゃもう派手で艶やかで迫力満点だ。いや、アタクシも二回しか見たことないですけど、話の筋を知らないとよくわからなかったりする。セリフも聞き取りにくいし。そんな歌舞伎に9歳で目覚めて大学でも研究し続けている米原信が描いた『かぶきもん』(文藝春秋)がとことん面白い。花のお江戸の芝居町、七代目成田屋市川團十郎と三代目音羽屋尾上菊五郎。芝居の現人神と天下の色男が助六で競えば、天才戯作者鶴屋南北の筆が走る!てなもんでぇ。登場人物たちの生きがよけりゃ、話のキレもいい。2025年の大河ドラマよりちょいと後の時代。今よりずっと歌舞伎が身近にあって、役者は会いに行けるアイドルで、トレンドを生み出すインフルエンサーだ。そんな役者たちと作者の立ち位置、芝居小屋の仕組みやお金の流れまで知らないうちに頭に入っちゃう。今まで歌舞伎にとんと縁のなかったみなさまがたもぜひともこちらをお読み下せえ。大満足まちがいなし。

 第37回小説すばる新人賞受賞作、須藤アンナ『グッナイ・ナタリー・クローバー』(集英社)は良質な翻訳児童小説のような読み心地。5年前に母親が家を出てから町のスターである父親に支配されて生きる13歳の少女ソフィア。いつも霧に包まれ、橋一本で隔絶された息苦しい町にある日突然やってきた奇妙な少女ナタリー・クローバー。彼女のキッチュな色使いの洋服や言動が灰色の町でうつむいて暮らすソフィアを変えていく。二人の少女は町の地図を作ることで自分自身を「一人の人として」形作っていく。記憶はいつか消える。思い出もいつか薄れていく。けれど、そこに流れていた時間は誰にも奪えない。「グッナイ」は新しい朝につながる言葉。明日失うものを見つけるために夜がある。

 完全なる善人がいないように、完全なる悪人もいない。この世に全き善も全き悪もないように。岩井圭也『汽水域』(双葉社)はそんな善と悪の入り混じったあわいを描く。東京のホコ天で起こった通り魔殺傷事件。現行犯逮捕された犯人深瀬は「死刑になりたかった」という。繰り広げられる狂乱的な報道合戦。被害者や加害者家族を執拗に追うマスコミと、ドヤ顔で流れる憶測。そこに正義はあるのか。犯人のことを語る「知り合い」たちの誰も彼もが彼を攻撃し、彼の死刑を望む。けれど、本当にそうなのか、それでいいのか。深瀬という人間そのものがまったくの悪の塊なのか。岩井圭也からの問いが心に残り続ける。

『死んだら永遠に休めます』(朝日新聞出版)は遠坂八重が繰り出す"限界社畜ミステリ"だ。ブラック企業、パワハラ、社畜。社会にまん延するリアル。やってもやっても終わらない業務、理不尽な叱責、不適切な指示。だけど逃げられない、逃げる力さえない。死んだほうがまし、と思いつつ死ぬ気力さえない。限界を超えた先に何があるのか。パワハラ上司の失踪から始まる混乱。死ねばいい、殺してやりたい、そんな悪意の増殖が選んだ結末。この小説を読んで「切実...」と思った人は、明日何もかも放り出して休んでください。限界を超えてしまわないために。明日もちゃんと生きるために。

(本の雑誌 2025年4月号)

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●書評担当者● 久田かおり

名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。

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