音楽の申し子・野口五郎の泥臭く一途な姿に打たれる!
文=東えりか
建て替えのため、59年の歴史に幕を下ろした帝国劇場のラストコンサートが素晴らしかった。錚々たるメンバーを見て思う。エンタテインメントとは、エンタテイナーとはなんだろう。
堂本光一といえば「Kinki Kids」のひとり。堂本剛とともにトップアイドルとして29年間人気を博している。そのうえ帝国劇場でのミュージカル「SHOCK」シリーズでは、日本演劇における代役なし単独主演記録(2128回)を持つ現代の大スターである。
『エンタテイナーの条件2』『エンタテイナーの条件3』(日経BP)は「日経エンタテインメント!」誌で2013年から連載されているインタビューをまとめたもの。2016年発売の『エンタテイナーの条件』以降の9年分が収録されている。2はミュージカルの話、3はアイドル活動やコンサート、そして世間に対する所感と分けられている。
淡々とインタビューに応えているだけと本人は言うが、エンタテインメントに対する真摯で怜悧な思考とどこまでもストイックな姿勢に驚かされる。
この数年、コロナ禍で舞台やコンサートが開けないまま将来に対する展望が見えなくても出来ることをひとつひとつ確実に自分のものにしていく。
さらに「ジャニー喜多川性加害問題」では愛弟子とも言われていた堂本への強い風当たりに対して、臆せず意見を表明している。ジャニー喜多川に影響を受けエンタテインメントを模索してきた自身は引退も辞さず、と逆風を真正面から受けて立つ。
帝劇休館前のラストコンサートで堂本光一は歴代のミュージカルスターの真ん中で輝いていた。エンタテインメント最前線に居続けた意味は日本の芸能史を語るうえでかけがえのない資料になるに違いない。
堂本光一は1979年生まれの46歳。しかし彼が生まれたときにすでにトップアイドルだったこの人が初めて自伝を書いた。
『野口五郎自伝 僕は何者』(リットーミュージック)は昭和・平成・令和と芸能界の最前線に居続けた天才の姿が浮き彫りにされている。
1971年、15歳のときに演歌でデビューしたが、2枚目のシングル「青いリンゴ」が大ヒット。郷ひろみ、西城秀樹とともにアイドル新御三家と呼ばれて一世を風靡した。
私の世代はど真ん中で、中学、高校時代はテレビで野口五郎を見ない日はなかっただろう。
だが彼の実像は音楽の申し子と言っていい。当時売り出し中の作曲家、筒美京平と組みアメリカでレコーディングを強行突破。予算の無いなか現地のトップミュージシャンをバックバンドに雇い、アルバム制作にのめり込む。その姿は日本で黄色い歓声を浴びる華々しさとは全く違い、音楽に一途の泥臭い姿だ。
さらにレコーディングやエンタテインメントに必要な器具を発明したり、権利関係の特許を取ったりと光の当たらない部分で八面六臂の活躍をしていた。
多分音楽関係者には有名なことだったのだろうが、私は本書で知ることばかりだった。彼自身がエンタテイナーであり、有能なマネージャーで傑出したアレンジャーなのだ。
このマニアックさを表現するために、音楽専門の版元を選んで本書を出したのだと思う。
ただ真面目さが仇になり声が出なくなるイップスとなったのは歌手としてのキャリアの大きなマイナスになった。
こんなに面白い自伝はそうない。音楽マニアに勧めたい。
私はたまたま野口五郎の出た『レ・ミゼラブル』を観ている。帝劇に立つことは超一流のエンタテイナーの入り口だ。
佐久間良子もまた最後の帝劇の舞台に立っていた。『ふりかえれば日々良日』(小学館)美しき昭和の女優、初の自伝である。1939年生まれの86歳。そんな年には見えないカバー写真と穏やかなタイトルに騙されるなかれ。本書には相当硬骨でハードな経験談が赤裸々に綴られる。
映画が全盛の当時、ニューフェイスとして東映に入社して、その美貌から多くの作品に引っ張りだこになる。そこで出会った鶴田浩二との熱い恋愛。ここまで包み隠さず書いてよいのだろうかと心配になる。多分あの時代の映画スターが抱えた理不尽さは、想像をはるかに超えるものだったろう。
佐久間と大河ドラマ「おんな太閤記」で共演した泉ピン子も昭和から令和まで芸能界の荒波を泳ぎ切った強者である。
『終活やーめた。』(講談社)は77歳になった今だから語れる来し方と、最後のときまでどう生きるかという決意が現れた一冊である。
私が最初に彼女を見たのは「ウィークエンダー」というテレビ番組であった。新聞の三面記事を解説する番組のなかで、彼女のコーナーはピカイチの面白さだったのだ。
その後、橋田壽賀子さんや森光子さんの知己を得て女優として確固とした地位を築く。だが同時に彼女の芸能界人生は借金とバッシングの連続だった。
人生の大先輩の年齢であるからこそ、歯に衣着せぬ物言いが心地よく耳に響く。今後もご意見番として活躍してもらいたい。
最後に昭和銀幕の男性スターの回顧録を紹介したい。
小林旭は佐久間良子の一つ年上。同期の男性スターはほとんどが鬼籍に入った。『マイトガイは死なず』(文藝春秋)では、友である石原裕次郎、高倉健、渡哲也たちへのライバル心と友情や、華麗なる恋愛遍歴、芸能界の暗い裏側など赤裸々に語っている。
小林旭は2026年にデビュー70周年を迎える。現在でも現役の歌手として舞台にあがっている。巻末には本人が精選した主演映画六作とヒット曲四作の作品解説がついている。映画をじっくりと堪能したい。
(本の雑誌 2025年5月号)
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- ●書評担当者● 東えりか
1958年、千葉県生まれ。 信州大学農学部卒。1985年より北方謙三氏の秘書を務め 2008年に書評家として独立。連載は「週刊新潮」「日本経済新聞」「婦人公論」など。小説をはじめ、 学術書から時事もの、サブカルチャー、タレント本まで何でも読む。現在「エンター テインメント・ノンフィクション(エンタメ・ノンフ)」の面白さを布教中。 新刊ノンフィクション紹介サイト「HONZ」副代表(2024年7月15日クローズ)。
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