逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』が気持ちいい!

文=久田かおり

  • ブレイクショットの軌跡
  • 『ブレイクショットの軌跡』
    逢坂 冬馬
    早川書房
    2,310円(税込)
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  • 世界99 上
  • 『世界99 上』
    村田 沙耶香
    集英社
    2,420円(税込)
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  • アサイラム
  • 『アサイラム』
    畑野 智美
    KADOKAWA
    1,980円(税込)
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  • 月とアマリリス
  • 『月とアマリリス』
    町田 そのこ
    小学館
    1,870円(税込)
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  • ミナミの春
  • 『ミナミの春』
    遠田 潤子
    文藝春秋
    1,980円(税込)
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 デビュー作且つ2022年本屋大賞受賞作『同志少女よ、敵を撃て』第15回山田風太郎賞候補となった『歌われなかった海賊へ』この二作があったからこそ生まれた『ブレイクショットの軌跡』(逢坂冬馬/早川書房)はなんと現代の日本が舞台だ。しかも何のかかわりもない全く別々の世界で生きる8人の登場人物たちを8つの物語で描く連作長編だ。一編ずつがそれだけで一冊の長編になりそうな重さと濃さなのに!

 自動車工場の期間工が、アフリカの若き兵士が、タワマンに住む成功者が、善良なる板金工が、サッカーで夢を追う少年たちが、追い詰められた会社員が、ブレイクショットという一台の車で繋がっていく。作業中のミスにより車内に落ちたままのボルト。この小さなボルトがこのあとどういう運命につながるのか。ドキドキしながら読んで欲しい。広がり続ける物語、そしてたたみかける怒濤のラスト。あぁ、気持ちいい。読み終わった後の気持ちよさが別格だ。

 姫野カオルコの『彼女は頭が悪いから』(文春文庫)、井上荒野の『生皮 あるセクシャルハラスメントの光景』(朝日文庫)と並べて売りたい畑野智美『アサイラム』(KADOKAWA)は読み手に覚悟を求めてくる一冊だ。「性暴力」を描くのは難しい。どんな描き方をしたとしても過去に被害に遭った人に対して新たな暴力となる可能性があるから。それでもなお世に放たれ続けるのは、今、それを必要とする人がいるからだろう。

 主人公のスミレは学生時代に友人から性暴力を受ける。スミレの身体は傷つけられ、心は何度も殺される。加害者に、加担した友人たちに、その噂を広めた知り合いに、そして、なかったことにしようと目をふさいだ自分自身に。日常生活さえままならなくなった彼女はさまざまな問題で普通の生活ができなくなった人たちのために行政がケアを目的として作った街に移り住む。傷ついた心を抱えたまま、それでも普通の暮らしをしていくための時間を与えてくれる街。こんな街が本当にあったらいいのにと思う。この街に救われる人がどれほどいるだろうか。私たちは日常的に何らかの形で性暴力に触れている。常に被害者であり加害者でもある。決して他人事ではないのだ。

「あの町田そのこのサスペンス小説だと!?」とファンをざわつかせた『月とアマリリス』(小学館)は想像をはるかに超えた面白さだった。人は直接手を下さなくても人を傷つけ殺すことができる。しかも言葉という刃で。町田そのこはその恐ろしさを、自らも言葉を使う者として、真っ向から描き出す。

 山中で見つかった白骨化した老女の遺体、共に埋められていた花束、被害者の自宅から新たに見つかった女性の他殺体。彼女たちに何があったのか。なぜ埋められ、なぜ殺されたのか。自分の書いた記事が中学生を傷つけたという現実から逃げ出し、実家に戻っていたライターのみちるが事件を追う。彼女に協力してくれる近所に住む井口。なぜ関係のない井口がみちるを手伝おうとするのか、みちるはなぜこの事件にここまで惹かれるのかが終盤明らかになる。みちる自身の過去の体験と記憶が大人になって再会したその相手との間でどう変化していくのかも読みどころ。町田そのこは徹底的に弱者の味方だ。どうしようもなく弱い女性を描くのが、そしてとてつもないクズ男を描くのが抜群にうまい。その根底にあるのはマイノリティのあげる声なき声をこぼれないように掬い続けたいという祈りのようなものなのかも知れない。

 振りまわされ、タコ殴りされながら村田沙耶香の『世界99』(集英社上下)を読んだ。これは此の世に存在する偏見と差別、執着、迫害、憎悪、搾取や虐待、あらゆる加害を大きな鍋で煮込んでかき混ぜ、それを「正義」というフィルターにかけた一冊だ。愛玩用に作り出されたピョコルンという動物は次第に人間のためにいろんな役割を持ち始める。掃除、洗濯などの簡単な家事から、性欲処理、そして出産まで! ピョコルンによって人間の世界も変化していく。他者をトレースし、その時その時で「正しい言動」を作り出していく「自分自身」を持たない空子。彼女の人生をたどりながら、世界の変化に目を凝らす。不気味な異形世界、理解不能なカオスだと思っていた村田沙耶香世界が、本当は今ここで起こっている普通の日常をトレースした地獄だと思えてくる。私たちと、いや、私とピョコルンの違いとは、私と空子の違いとは。見つけなければ飲み込まれる。そう思っていること自体が、すでに飲み込まれている証拠なのだろう。

 今度の遠田小説は一味違うで。『ミナミの春』(文藝春秋)は今まで「家族」という関係の、その影の部分を描いてきた遠田潤子が、からりと晴れた青空の下で「家族ってええもんやねぇ」と言いたくなるような、心の中からぽかぽかと温まる遠赤外線小説を解き放った。大阪のミナミを舞台にカサブランカという姉妹漫才コンビを軸にした連作短編集は、1995年から2025年までの少しずつ重なった人の縁を描く。ヒトが自分の思うように生きていくことなんてそうそう簡単にできるもんやない。夢見て、それを叶えようと必死に頑張って。でも、たいていうまく行かんくて諦めて、言い訳しながら別の道探して進んでくけど、夢のカケラはポケットの中に入ったままで。けど、誰でもそんなカケラの一つや二つ、持ってるやん。せやからこれ読むと「あぁ、わかるわ。そうやんなー」ってなるんよね。「そうやんなー」をいくつも重ねてたどり着いたラストにこれて。もう、泣くしかないやん、遠田さん。

(本の雑誌 2025年5月号)

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●書評担当者● 久田かおり

名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。

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