『逃亡犯とゆびきり』の歪な関係性がぶっ刺さる!
文=梅原いずみ
推し活界隈に、「関係性オタク」という言葉がある。解釈は複数あるが、多くは親友・ライバル・身内・敵味方などキャラクターたちの関係性に沼ってしまうタイプを指す。私自身もそのひとりで、ゆえに櫛木理宇の長編『逃亡犯とゆびきり』(小学館)がぶっ刺さった。なんだこの、しんどいけれど痺れる関係性は......!と。
語り手はフリーライターの世良未散。社会派ルポを書きたいと願っていた彼女に、とある週刊誌から執筆依頼が入る。「あたしは一一七人に殺された」という遺書を残して自殺した女子中学生の事件だ。取材を重ね、ここにはまだ謎が残されていると感じるも苦戦する未散。そんな彼女に、一件の着信が入る。「世良か?」──相手は、未散が高校時代に親しくしていた同級生・古沢福子。現在、男女四人を殺した罪で指名手配中の逃亡犯でもある。殺人犯となったかつての親友からの連絡に愕然とする未散に、福子は言う。「記事、読んだぞ」「2−Aの神崎って覚えてるか?」。
その言葉をヒントに事件の真相に辿りついた未散は、社会派ライターの仕事が軌道に乗り始める。彼女が追うのは、ストーカー過失致死事件や弁護士一家心中事件など、解決はしたものの謎が残る事件だ。そして、都度かかってくる福子からの電話。逃亡犯でありながら、高校時代の思い出を手掛かりに未散を真相へと誘導する福子の狙いはどこに? 学生の頃からずば抜けて聡明で、未散にライターとしての素養を叩き込んでくれた福子。その彼女がなぜ、連続殺人犯となったのか。福子のことを知りたい、理解したい。世間に福子という人間を知らしめたい。やがて未散は、福子のことを"書きたい"と考える。この歪さを内包した関係性、たまらない......!
未散と福子以外にも、本作には母と娘、夫と妻、兄と弟などさまざまな関係が登場する。そのどれもが重くしんどい一方で、弱者として抑圧されてきた者たちの声が、未散によって綴られていく。さらには中盤以降、福子とはまた違ったタイプの連続殺人犯も登場し、物語は予想外の方向へ。関係性オタクの皆さんの感想をぜひ、聞かせてほしい。
第一四回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作の睦月準也『マリアを運べ』(早川書房)は、一度通った道は忘れない無免許の運び屋・風子(一七歳)が主人公の中編だ。愛車はスバルのフォレスター。ある日、風子は生物学研究所の研究員・志麻と、彼女が持ち出した開発中の医薬品"マリア"を運ぶ依頼を受ける。目的地は長野の諏訪、東京からは三時間ほどの距離である。が、出発早々に風子の運転する車は謎の集団から襲撃を受け、さらにはヤクザに警察、某国のスパイまでもが追っ手として登場。冴えた運転技術と機転で風子は次々と危機を脱していくが、妨害は止まらない。他国までもが干渉してくる"マリア"とは、どんな薬なのか。迫るタイムリミットと、包囲されていく車。淡々とした文章が、疾走感あるカーチェイスをより際立たせる。
敵味方問わず登場人物たちも魅力的で、特に風子の要請で護衛役として参戦する殺し屋・仁が大変格好いい。ビジネスの関係とはいえ、彼のような大人が風子の側にいてくれると少しは安心できる。巻末の選評にある通り気になる部分もゼロではないけれど、著者が書く物語を今後も読んでみたいと思った。応援しています!
澤村伊智『頭の大きな毛のないコウモリ 澤村伊智異形短編集』(光文社)は、井上雅彦監修『異形コレクション』掲載の短編を中心に七作+「自作解説」が収録されている。ホラー映画の撮影現場で起きた事件にゾンビもの、保育士と母親の連絡帳から見えてくる不気味な事実など、バラエティ豊かな不穏さを堪能できる作品集だ。どの話も共通して、謎が明らかとなり、物語の輪郭が立体像を結んだことでゾッとする恐怖が襲ってくる。
中でも元アイドルのバスツアーの参加者五人の語りから恐ろしい真相が浮かび上がる「縊 または或るバスツアーにまつわる五つの怪談」、タイトル回収が秀逸な「鬼 または終わりの始まりの物語」はミステリファンにオススメ。書き下ろしの「自作解説」は、本作を読んだ者だけが味わえる特別な趣向が凝らされているので、できれば収録作を全話読んだ後で読み始めてほしい。これは大丈夫か!?と思った方の感覚は間違えてないので、その点はご安心を......。巧いなぁ。
柴田勝家著、原作:荒木飛呂彦『岸辺露伴は嗤わない 短編小説集』(集英社)は、荒木飛呂彦の作品に登場する漫画家・岸辺露伴を主人公にしたノベライズ第四弾。今回はSF作家の柴田勝家が収録作全四話を担当している。
高橋一生演じるNHKドラマの印象が強いかもしれないが、露伴先生といえば好奇心から奇妙な出来事に近づいては怪異に巻き込まれるお方。「曰くのない人形」では、イタリアで入手した"物語"のない人形とスタンド能力〈ヘブンズ・ドアー〉を用いた頭脳戦を繰り広げ、「ペア・リペア」では美しくもおぞましい庭園から脱出すべく知略を巡らせる。
イチオシは一生に一度しか見てはいけない神事に、露伴とその編集者が巻き込まれる「不見神事」。不見神事と書いて"みずのしんじ"と読む儀式と、村の秘密。民俗ミステリ要素もあり、オチも印象的だ。「ファン・鏑木八平太の場合」は、暴走したファンに追いつめられる露伴が窮地をどう切り抜けるかが読みどころ。縛りやルールがある中で、その裏を突くというのが岸辺露伴シリーズの共通点なので、謎解き小説好きも愉しめるはずだ。
(本の雑誌 2025年3月号)
- ●書評担当者● 梅原いずみ
ライター、ミステリ書評家。
リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」、『ミステリマガジン』国内ブックレビューを担当。1997年生。- 梅原いずみ 記事一覧 »