『星を継ぐもの』5部作がついに完結したぞ!
文=大森望
今月は翻訳SF特集。英米韓中インドネシアの5カ国が揃った。最大の話題作は、『星を継ぐもの』に始まるシリーズの第5作にして最終巻、ジェイムズ・P・ホーガン『ミネルヴァ計画』(内田昌之訳/創元SF文庫)★★★½。われらが主人公のハントがマルチヴァースの自分から電話を受けるところから始まって、タイトル通り(5万年前の)惑星ミネルヴァへ赴くことになる。前半はひたすらハードSF設定を語り、後半は(またしても)悪いジェヴレン人との戦いというか騙し合いが中心。長く翻訳されず塩漬けになっていた割にそこそこ面白いので(ダンチェッカーの従姉妹で超おしゃべりなミルドレッドがいい味出してます)、シリーズ読者は一読の価値あり。作中では、"チャーリー"発見からわずか6年しか経ってなくて眩暈がしますが、既刊4冊の設定はプロローグで著者自身が懇切丁寧に解説しているので、忘れてても大丈夫(『巨人たちの星』の続きなので、番外編的な『内なる宇宙』は未読でも可)。
ホーガンと同じ英国生まれのニック・ハーカウェイ『タイタン・ノワール』(酒井昭伸訳/ハヤカワ文庫SF)★★★½は、ル・カレの息子による特殊設定ミステリというか特殊設定ハードボイルド。既訳2作はNV(およびポケミス)から出ていたので、SFレーベルにはこれが初登場になる。背景は、若返り効果のある巨人化薬T7が実用化され、開発者のトンファミカスカ一族をはじめとする一部の特権階級に独占されている未来。その一族と浅からぬ縁のある私立探偵のキャルが、警察のコンサルタントとして呼び出されたのは、地元のアパートメントで起きた平凡な殺人事件。だが、見たところ40代の被害者の年齢は91歳、身長は2m36。彼はまちがいなく、世界に数千人しかいないタイタンの一人だった。事件の背景を探るうち、キャルはトンファミカスカ一族を巡る闇に巻き込まれてゆく。
T7投与を重ねるごとに(一齢→二齢→三齢と)どんどん巨大化していく設定が面白い。舞台は、タイタンの多くが住む、高山湖を囲む架空の街(若干のソラリア味もある)。チャンドラー風の私立探偵小説の枠組みに大胆なSFネタを投入した感じだが、ノワール的にはおおむね予想通りの展開をたどるので、とくに驚きはない。
アメリカの女性作家ベッキー・チェンバーズの『ロボットとわたしの不思議な旅』(細美遙子訳/創元SF文庫)★★★★はソーラーパンク系ノヴェラ2本(ヒューゴー賞受賞の「緑のロボットへの賛歌」と、ローカス賞を受賞したその続編「はにかみ屋の樹冠への祈り」)のカップリング。舞台は、ロボットと人間が別々に暮らすようになって数百年を経た植民衛星。町を離れて自分探しの旅に出た主人公のデックス(電動バイクで移動カフェのワゴンを牽く)は荒野で一体の古びたロボットと出会う。サステナブルな未来社会のスローライフをあたたかく繊細に描くロードノベルというか、ラブ&ピースなヒッピーSF。こういうのが最新流行なんでしょうか。
韓国のキム・チョヨプの4冊目の邦訳書『派遣者たち』(カン・バンファ訳/早川書房)★★★は、著者の第二長編。謎の菌類"氾濫体"に汚染された地上を逃れ、人類が地下に居住する未来。高い耐性を持つテリンは、"派遣者"の資格試験に合格した直後、ある事情から、他の2人とともに、きわめて危険な探査任務に赴く。『地球の長い午後』風というか、ある意味『寄生獣』的な構図(人類の敵の一部を体に宿した主人公)から出発して、後半は"世界の秘密"が焦点になる。
江波『銀河之心Ⅰ 天垂星防衛』(中原尚哉、光吉さくら、ワン・チャイ訳/ハヤカワ文庫SF上下)★★★は、2012年に開幕した中国発宇宙活劇SF三部作の第一巻。300年前からタイムスリップしてきた一匹狼の放浪者(船は天狼星号、相棒はAIのプリン)が主役なので、前半はオールドファッションドなスペースオペラの香り高いが、もう一人のメインキャラは軍人(艦隊司令官)で、後半はミリタリーSF色が強くなる。『スター・ウォーズ』×『銀英伝』の趣だが、展開はもたつき気味。bilibiliでアニメ化されてて(30分×12話)、YouTubeで視聴できる。
中国SFついでに劉慈欣『時間移民 劉慈欣短篇集Ⅱ』(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳/早川書房)は、オール初訳の全13編を収録する著者4冊目の邦訳短編集(これで劉慈欣の現時点の全短編が邦訳されたことになる)。なんでも知ってるエイリアンが現れ、命と引き替えに地球の科学者に宇宙の真理を教える「朝に道を聞かば」とか、国連本部ビル前のコンサートに宇宙人が参加する「歓喜の歌」とか、アフリカ最貧国の改造人間が米海軍空母打撃群と闘う「天使時代」とかいろいろ。
昨年10月に出たテレ・リエ『HUJAN 雨』(川名桂子、清岡ゆり訳/悠光堂)★★は、2042年の巨大な火山噴火に始まる昔懐かしいジュブナイル系近未来破滅SF。巨大災害後、各国のエゴがさらなる災厄を招く。インドネシアの長編SFの邦訳はたぶん史上初。著者のTere Liyeは'79年生まれ。40冊以上の著書があり、合計1千万部以上売れているとか。
最後に日本。十三不塔『ラブ・アセンション』(ハヤカワ文庫JA)★★★½は、「バチェラー・ジャパン」(+オオカミちゃん)宇宙版みたいな恋愛リアリティ番組(ステージが進むにつれて軌道エレベーターを上昇する)のバックステージもの──と見せて、地球外生命体に憑依された人物を探す『物体X』/『AMONG US』的なサスペンスに転調する。
(本の雑誌 2025年3月号)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »