キネマ探偵・嗄井戸と奈緒崎が帰ってきた!
文=梅原いずみ
七年ぶりに、この事件簿に新たな物語が記録されるとは。斜線堂有紀『キネマ探偵カレイドミステリー 会縁奇縁のリエナクトメント』(光文社一七〇〇円)。映画マニアの「引きこもり名探偵」嗄井戸と、彼の友人でワトソン役の奈緒崎が映画にまつわる事件を解決するシリーズの最新刊である。著者のデビュー作に連なる本シリーズは三作目『輪転不変のフォールアウト』で一旦、完結していた。まさかの続きが「ジャーロ」で連載されていることは知っていたものの、こうして本の形で手にできることに喜びを隠せない。
連作短編集で、全六話が収録。「2001年宇宙の旅」のフィルム上映会で起きた事件、遺言が記録されたビデオテープの謎など、シリーズ読者ならニヤリとする話も多い。どの作品にも一筋縄ではいかない思惑が潜んでいるが、今回焦点が当たるのは嗄井戸ではなく奈緒崎だ。嗄井戸と出会った頃は大学二年生だった奈緒崎も、現在は四年生。モラトリアムの終わりが見えてくる時期に、二人は悩む。安楽椅子探偵ではなくなった嗄井戸の隣に、自分の人生をちゃんと生きようとする奈緒崎くんの横にいるためには──。互いが互いの"特別"を喪った後の関係性を描くことにおいて、斜線堂有紀の右に出る者はいない。
嗄井戸視点の四話、英知大学を卒業した奈緒崎がある決断を下す五話を経て、二人は最終話「会縁奇縁のリエナクトメント」に辿り着く。シリーズ第一話「逢縁奇縁のパラダイス座」から「会縁奇縁」に至るために、嗄井戸と奈緒崎は本当に、本当に遠くまでやって来た。キネマ探偵とその助手に、心からの「おかえりなさい」と「いってらっしゃい」を。
藤つかさ『名探偵たちがさよならを告げても』(KADOKAWA一八〇〇円)は、著者三作目の長編。デビュー作『その意図は見えなくて』と、実質的な続編にあたる『まだ終わらないで、文化祭』が日常の謎をメインに扱っていたのに対し、今作では「プロローグ」から密室殺人が描かれる。
教師としても作家としても活躍し、先月癌で亡くなった久宝寺肇。彼が在職した比企高校の図書委員の面々によって発見された遺稿とプロットには、ガムテープで目張りされた密室という不可能状況での殺人と、「読者への挑戦」が記されていた。ただし、肝心の解決篇は見当たらないまま。遺稿の続きを探していた図書委員の高校生・深野あずさと、久宝寺の後任として着任した辻玲人は、その途中で遺稿とまったく同様の密室と生徒の死体を発見する。遺稿を読んだのは、玲人とあずさを入れた七人。遺稿を読んだ誰かが見立て殺人を行ったのか?
「......探偵になるのは、私しかいない」。"探偵になる"にこだわるあずさと、辻の抱える過去。なぜ、"彼女"は死んだのか。心理描写が繊細かつ丁寧だからこそ、パズルのピースが埋まるようにホワイダニットの輪郭が浮かび上がっていく。青春ミステリならではの苦味と、"密室"に閉じない結末がもたらす深い余韻は、読者だけが味わえる特権である。
打って変わって、五条紀夫『殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス』(角川文庫七四〇円)は、痛快な連作短編ミステリだ。「メロスは激怒した」で始まる太宰の名作パロディで、全五話すべてニヤニヤしながら読んでしまった。だってこのメロス、あまりに脳筋なんだもの!
自身の身代わりとなった親友セリヌンティウスを救うために走るメロスは、途中で何度も殺人事件に巻き込まれてしまう。故郷の村では密室殺人に、道中では山賊の不審死と、荒れた川では溺死体に遭遇しては、足止めをくらう羽目に。
メロスには政治が分からぬ。さらには直情型で、見当はずれな迷推理をしては容疑者からさえ「落ち着け」と言われる始末。しかしメロスには、誰にも負けないフィジカルと野生の勘があった。側には、親友セリヌンティウスの姿かたちをした〈イマジンティウス〉もいる。だから「メロスは推理した」──!
全編ふざけているように見えて......いや、ふざけてはいるものの、謎解き自体は本格的かつ重層的。メタ的視点の織り込み方も鮮やかで、捻りが効いている。メロスの妹がイモートア、被害者のひとりがキラレテシスなど、ギャグセンスの光る登場人物のネーミングも仕掛けとなっていて、全話読めば二度読み推奨に納得するはず。それにしても五条さん、書いてて楽しかっただろうなあ。
転生×謎解き×歴史を組み合わせ、前世当てミステリを仕立てる発想に脱帽した。織守きょうや『戦国転生同窓会』(双葉社一八〇〇円)。「本能寺の変後四百四十周年を記念して、同窓会を開催する運びとなりました」。冗談めいた案内状を受け取った水野真広が参加した同窓会。八人の出席者は織田信長、豊臣秀吉、帰蝶、明智光秀、滝川一益、浅井長政、森蘭丸などの生まれ変わりだというが、運悪く真広の招待状は雨に濡れ、自分の前世が消えてしまっていた。
暇つぶし半分に参加した真広は、会場で転生前の記憶を持つ他の参加者たちと対面し、ふと気づく。もしも前世が明智光秀だったら......? この同窓会は、復讐のために開かれたのでは? ひとりだけ前世の分からない真広は、不穏な同窓会を生き抜くため、参加者たちの言動からそれぞれの前世を推理することに。論理パズルのような前世当てと、合間に挟まる過去の記憶。そもそも同窓会の主催者は誰で、目的は何なのか。過去と現実、点と線が繫がり、「本能寺の変」の裏側が見えてくる。これだから、歴史はロマンがあって素敵なのだ。
(本の雑誌 2025年6月号)
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- ●書評担当者● 梅原いずみ
ライター、ミステリ書評家。
リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」、『ミステリマガジン』国内ブックレビューを担当。1997年生。- 梅原いずみ 記事一覧 »