新馬場新の直球ミステリ『歌はそこに遺された』に注目!
文=梅原いずみ
AI×シスターフッドSFの『沈没船で眠りたい』、ディストピア×ロードノベル『十五光年より遠くない』など、新馬場新はSFジャンルですでに話題の書き手である。謎解き小説の手法を取り込んだ『沈没船で眠りたい』を読んで以降、この人が正面から書いたミステリを読みたいとずっと思っていた。その願いが現実となったのが、『歌はそこに遺された』(徳間書店)だ。
生成AIが今よりも社会に浸透した少し先の日本。アーティストたちの歌や声は学習素材として食い殺され、生成AIによる楽曲が主流となっていた。そんな時代に、生身の人間が歌った曲として反響を呼ぶ作品があった。殺された新鋭シンガーの荒井海鈴の遺作『人魚』である。しかし海鈴殺害の容疑者の証言で、「遺作はAIが作った」という疑惑が浮上。それが本当なら、誰かが海鈴の死を利用していることになる。違和感を覚えた東京地検の公判部に所属する検事の堂崎は、独自に調査を開始する。
メインの舞台こそ法廷だが、本作の読みどころは堂崎の捜査過程にある。検察である堂崎は本来、容疑者の罪状を固めなければならない。だが、彼は、己の"正義"を貫くため、検察内部から白い目を向けられながらも真相究明に奔走する。情報を集め、検証し、海鈴が命を落とした真相に迫る。登場人物たちも魅力的で、検察事務官や協力者の情報探偵、ライバルの弁護士など、立場は違えどそれぞれが矜持を持っている。堂崎と時に対峙し、時に手を組む様は、変則的なバディものとしても楽しい。
公判が進むにつれ、明らかになる真実は問いかける。真偽は曖昧になり、暴走した正義が民意として振りかざされる社会で、司法に何ができるか。法は誰のために存在するのか。「海鈴の歌を遺す」選択をしなければならなかった者たちの叫びは痛切だ。精緻な構成の中に、ミステリの趣向が光る。生成AIが取り込まれた近未来の社会の描き方もリアル。新馬場新、ぜひ注目を。
探偵役の謎解きを物語として楽しむか、探偵役に成り切って作者の提示する謎を解くか。リアル脱出ゲームやマーダーミステリ、道尾秀介×SCRAP「DETECTIVE X」シリーズなど、謎解き体験を楽しむ作品が人気を博していることを考えると、後者の方が層が厚いように感じられる。そんなブームを体現するような、"読者参加型"という表現がぴったりのミステリが刊行された。三日市零『魔女の館の殺人』(ハーパーBOOKS+)。没入感ある物語と謎解きの快感、どちらも両立した一冊だ。
しっかり者の進藤理人と、理人いわく「アホさと賢さの振れ幅が大きすぎる」の柏木詩文は、大学二年生でルームメイト。そして、謎解きクラスタでもある。一緒にさまざまな謎解きを楽しんでいた二人はある日、脱出ゲーム専用施設〈夢幻館〉で開催されるイベントに参加。ところがゲームの最中に、本物の殺人事件が起きてしまう。
脱出ゲームを軸にすることで、外部に連絡が取れず、館に閉じ込められるクローズドサークルへの移行に無理がない。さらに本作には、随所に理人と詩文が取り組むゲームの問題が挿入されていて、読者も挑戦できるようになっている。もちろん謎解き小説としても本格的で、ホームズ役の詩文による推理はロジカルでフェア。ワトソン役の理人もある"能力"を持っていて、それが探偵&助手の新しい関係性を生み出している。『復讐は合法的に』から始まる著者の人気シリーズとはまた違った読み心地の本格ミステリである。
『帆船軍艦の殺人』で第三三回鮎川賞を受賞した岡本好貴の二作目『電報予告殺人事件』(東京創元社)。一九世紀ロンドンを舞台に、電信士ローラが殺人犯を追う本格謎解き小説だ。女性が家庭に入ることが当然の時代に、モールス符号で電報などの送受信を行う電信士として働くローラの姿は、第七七回日本推理作家協会賞短編部門受賞の坂崎かおる「ベルを鳴らして」に登場する女性タイピストにも重なる。
仕事に誇りを持ちつつも、このまま続けるか家庭に入るかの選択を迫られていたローラは、勤務先で密室殺人に遭遇。殺人予告に電報が用いられていると知った彼女は、知識と技術を総動員させ事件解決に動く。デビュー作に続き、海外ミステリを読んでいるかのような重厚感ある筆致と、時代特有のシステムを用いて謎解き小説を構築する手腕にマニアっぷりと頼もしさを感じた。
短編集は伊坂幸太郎『パズルと天気』(PHP研究所)を。収録作五作はどれも執筆時期が異なるのに「あぁ、伊坂さんの話だ」と思わせられる。マッチングアプリでしか出会えない名探偵が登場する「パズル」が書下ろし。再読になるが、七夕まつりの竹に混入したかぐや姫を探す「竹やぶバーニング」、行方不明になった姉と人の繫がりに想いを馳せる「透明ポーラーベア」がやはり好み。最後に置かれた「Weather」には短編集としての仕掛けがきっちり用意されていて、伊坂マジックにかけられる。デビュー二五周年、おめでとうございます。
白金透『あなた様の魔術はすでに解けております』(電撃文庫)は、魔術が存在する世界を舞台にしたファンタジー要素強めの連作倒叙ミステリ。死霊魔術師や召喚師といった特有の魔術を用いたトリックを、レポフスキー家当主マンフレッドと侍女リネットが論理で喝破し、犯人を追い詰めていく。倒叙ものに必須な犯人たちの裏事情もしっかり練られていて◎。ちなみに正体が判明した後は、マンフレッドへの見方が変わる。さては君、とっても頑張り屋さんのかわいい奴だな。
(本の雑誌 2025年8月号)
- ●書評担当者● 梅原いずみ
ライター、ミステリ書評家。
リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」、『ミステリマガジン』国内ブックレビューを担当。1997年生。- 梅原いずみ 記事一覧 »