「正しさ」とは何かを問いかける丸山正樹『青い鳥、飛んだ』

文=久田かおり

  • 青い鳥、飛んだ
  • 『青い鳥、飛んだ』
    丸山 正樹
    角川春樹事務所
    1,870円(税込)
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  • 給水塔から見た虹は
  • 『給水塔から見た虹は』
    窪 美澄
    集英社
    2,090円(税込)
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  • スノードームの捨てかた
  • 『スノードームの捨てかた』
    くどう れいん
    講談社
    1,705円(税込)
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  • 暦のしずく
  • 『暦のしずく』
    沢木 耕太郎
    朝日新聞出版
    2,420円(税込)
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  • 流星と吐き気
  • 『流星と吐き気』
    金子 玲介
    講談社
    1,980円(税込)
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  • 裸足でかけてくおかしな妻さん
  • 『裸足でかけてくおかしな妻さん』
    吉川 トリコ
    新潮社
    2,255円(税込)
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 正しさとは、という問いを全力で投げつけてきたのが丸山正樹『青い鳥、飛んだ』(角川春樹事務所)。『デフ・ヴォイス』で知られる丸山正樹の著書にはこの「正しさ」に対する懐疑がいつも見え隠れする。万引き犯を捕まえることに固執するコンビニ店の店主柳田。本屋に勤めているとこの万引きという犯罪には強く思うところがある。万引きさせない店づくりより万引き犯を捕まえることに執念を燃やす柳田の気持ちもわかる。やりすぎだ、と思いつつも彼の「正しさ」を否定できない自分もいる。柳田はいつものように万引き犯を捕まえようともみ合いになり相手を死なせてしまう。被害者から加害者へ、柳田とその家族の人生の暗転。同じコンビニで彼に捕まえられた施設育ちの女性も「万引き」で人生が転落していく。高校を中退し施設を出た後、バイトを転々としメンズエステ店へと堕ちていく。「シーセッション」という言葉をこの小説で知ったのだが、"女性不況"という意味らしい。性産業のどん底で生きる彼女と、そのきっかけとなった柳田。「正しさ」という壁の両側にいた二人の人生がとある事件を通して重なり合う。ただ一度の過ちで世間の暗闇へと転がり落ちたとして、二度と光の元へとは戻れないのだろうか。一貫してマイノリティを描き続ける丸山正樹が「世間」というマジョリティに弾き飛ばされ叩きのめされる二つの絶望と希望のありかを問いかける。青い鳥が正しさの影でうずくまる誰かに光を届けてくれますように、と祈らずにはいられない。

 低家賃の古い団地群には外国にルーツを持つ人たちが多く住んでいることが多い。同郷の人や知り合いの伝手をたどって集まってくるからだろうか。窪美澄『給水塔から見た虹は』(集英社)には、そういう団地に住むベトナム人の少年ヒュウと、彼と知り合うことで大きく成長していくクラスメイト桐乃が描かれる。学校の中でも社会的経済的に見下される団地の子である桐乃は、母親がボランティアでいろんな国籍を持つ人のために奔走している姿に批判的だ。自分よりもよその子の方が大切なんだ、という嫉妬がそこにある。中学二年生という子どもと大人の端境期にいる彼女が自分の狭い世界から一歩を踏み出していく姿、ヒュウを通して今まで見ようとしなかった社会の残酷なリアルに気付いていく姿に強く心を打たれる。

 短歌やエッセイで人気のくどうれいんの短編集が読み終わった後もずっと心の片隅で息をひそめている。『スノードームの捨てかた』(講談社)は6つの終わらない物語たちだ。2021年に出した短歌集『水中で口笛』の明るい光に満ちた景色の、その裏側の影のような一冊。20代も半分過ぎれば、そりゃぁいろんなことが起こるわけで。婚約破棄された友人のために公園で穴を掘ったり、ヨガ教室で会う年上の女性へのあこがれがある日突然色褪せたり、職場で出会った男性への始まりそうな恋が終わったり。そんな「割と馴染みのある話」を読みながら、彼女たちが描く次のページに思いをはせる。唯一、男性目線で描かれる第5話「湯気」。恋人のすべてを受け入れる完璧な彼がただ一つこだわり続ける彼女の「しんにょう」。「んなあほな」と「わかる」を同時に感じてゾワッとする。

 沢木耕太郎と聞くと条件反射のように大沢たかお、深夜特急、と頭に浮かんでしまう。10代のあるいは20代の熱い心を刺激された人も多いのでは? 『暦のしずく』(朝日新聞出版)は沢木耕太郎初の時代小説だ。タイトルから「天文学者の話か?」と思っていたのだがなんと日本で唯一人芸を理由に死刑に処せられた講釈師、馬場文耕が主人公だという。元凄腕の剣士ながら、武士の身分を捨て下町に住み、講釈で暮らしを立てる日々。その文耕の人生が郡上の騒動によって大きく動いていく。軍記モノを語る講釈から時の政への批判へと変わるにつれ人気を呼び、お上から目を付けられるようになっていく。一介の講釈師がなぜ、市中引き回しの上獄門という極刑を受けなければならなかったのか。なぜ文耕は保身に走らず抵抗し続けたのか。あの沢木耕太郎が時代小説を!?という驚きで読み始めたのだけど、なるほど沢木耕太郎が描くと時代物もこんな風に端正なのに熱い小説になるのだな、とほれぼれ。知らなかった主人公と、知っている歴史上の人々の邂逅、そして小説ならではのラストを堪能。

 デビュー年にいきなり3冊のシリーズを、しかもそれぞれに違うテイストの、かつ安定したクオリティのものを出した金子玲介が、「死んだシリーズ」を軽々と飛び越えた短編集を出してきやがりましたよ、いや、まいったね。豪華なプラチナ箔押しカバーに、ハートがちりばめられたキュートな帯、なのにタイトルには吐き気、帯には嫌愛。どゆこと? 『流星と吐き気』(講談社)はもう恋なんてしないなんて言わないよ絶対にって者たちの物語。過去の恋は時間が経つと美化される。傷ついたり傷つけたりしたことも、その傷さえ愛おしくなるもの。でも、それは自分にとってはという注釈付き。思い出として心の隅のキレイな箱に詰めておけばいいものを、わざわざ取り出して元恋人に、もう一度一緒に愛でようよ、なんて迫ったらそれは迷惑以外の何モノでもない。そんな迷惑の剣を振りかざして玉砕していくツワモノどもを失笑している心が痛むのは、なぜ?

 3月刊行なのに紹介する機を逃してしまっていた吉川トリコ『裸足でかけてくおかしな妻さん』(新潮社)は未読の方は読んでおくが吉。タイトルやカバーからは想像できないほど深く強い物語。やっぱ女の人生と友情を描かせたら吉川トリコ、最強だね。

(本の雑誌 2025年8月号)

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●書評担当者● 久田かおり

名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。

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