スリル満点のSFサスペンスオルダーマン『未来』がいいぞ!

文=大森望

  • 未来
  • 『未来』
    ナオミ・オルダーマン,安原 和見
    河出書房新社
    3,256円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • ディスクロニアの鳩時計
  • 『ディスクロニアの鳩時計』
    海猫沢 めろん
    泡影社
    6,585円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 惑星語書店
  • 『惑星語書店』
    キム・チョヨプ,カン・バンファ
    早川書房
    2,640円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 去年、本能寺で
  • 『去年、本能寺で』
    円城 塔
    新潮社
    2,090円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • レモネードに彗星
  • 『レモネードに彗星』
    灰谷 魚
    KADOKAWA
    1,815円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • ノンブル・シャッフル (ハヤカワ文庫JA)
  • 『ノンブル・シャッフル (ハヤカワ文庫JA)』
    法条 遥
    早川書房
    1,100円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • アンスピリチュアル
  • 『アンスピリチュアル』
    高野 史緒
    早川書房
    2,420円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

 ナオミ・オルダーマンの『パワー』に続く2冊目の邦訳長編『未来』(安原和見訳/河出書房新社)★★★★は、"世界の終わり"をテーマにした近未来SFサスペンス。主人公は、サバイバルのための動画の配信者として世界的な人気を誇る中国系英国人ライ・チェン。その彼女が、GAFA的な巨大テック企業CEOたちの極秘の生き残り計画に巻き込まれ、物語が動き出す。焦点になるのは、彼らのために極秘裏に開発された、未来を予測して生存の最適戦略を教えてくれるという超高性能AI。恋仲になった超優秀なCEO秘書からそれをプレゼントされたライが、AIの助けを借りて絶体絶命の窮地を脱する場面はスリル満点。商業サイバーパンク的なアクション描写の面白さと現実の社会問題に対するメッセージが融合し、後半ではミステリ的な大仕掛けも炸裂する。"未来"のビジョンは古典的だが、裏返しの『肩をすくめるアトラス』だと思って読むと皮肉が効いていて面白い。

 対する海猫沢めろん『ディスクロニアの鳩時計』(泡影社)★★★½は、10年にわたって〈ゲンロン〉に連載された大作。昨年出た私家版に若干の修正を加え、この本のために著者自身が設立した"ひとり出版社"から刊行された。「カクリヨ」と呼ばれる拡張現実が一般化した未来を背景に、頭に鳥小屋をかぶった17歳の天才少年・白鳥鳥彦が、ある願望の実現に向かって動き出す。ライトノベル的な人物配置と初期メフィスト賞っぽいミステリ設定に、大量のペダントリーと哲学的な議論、エロとグロとロリをこれでもかとぶち込んで、異形の大伽藍を構築する。めろん版『ディスコ探偵水曜日』とかそんな感じ? 四六判上製本2段組536ページ、表紙は金の箔押し、本文はスミベタ白抜き文字、小口イラスト入りで、手に持つだけでも楽しい1冊。

 キム・チョヨプ『惑星語書店』(カン・バンファ訳/早川書房)★★½は14編の掌編を収める薄手の(160ページ)SF作品集。前半8編と後半6編に分かれ、SFとしては「沼地の少年」からの後半のほうが面白い。奇妙な生き物(沼に広がる菌糸体連結網知性とか、体に生えるキノコとか)をフィーチャーした作品がゆるやかな連作的につながる。

 円城塔『去年、本能寺で』(新潮社)★★★★は一昨年から昨年にかけて〈新潮〉に掲載された11編を収める円城流の歴史小説×SF集。細川幽斎が軍事AI兼文事AIだったり、坂上田村麻呂が黒人でオセローと重なりイアーゴーやマクベスの魔女が出てきたり、アンジェロ(ヤジロー)とザビエルが安寿と厨子王になったり天使とキリスト(ゼス王)になったり、日本史の誰かが何か別の意外なものとくっつく話が多い。「宣長の仮想都市」では、宣長が架空の氏族を考え出して実際に作った「端原氏系図及城下絵図」の謎が解けたり、万葉歌の"字余りの法則"をほぼ瞬時に発見したりする。ハイコンテクストすぎて何が面白いのかよくわからない話も含め、なんとも円城塔らしい1冊。

 灰谷魚『レモネードに彗星』(KADOKAWA)★★★★は、その円城塔が選考委員をつとめた「カクヨムWeb小説コンテスト」短編小説部門円城塔賞の受賞作を表題作とする全7編のデビュー作品集。8000字の表題作はなんだかよくわからないが、それ以外の6編はどれもたいへん面白かった。百合版「ポップ・アート」(ジョー・ヒル)みたいな巻頭の友情SF「かいぶつ が あらわれた」はじめ、ほとんどはSF要素あり。"宇宙人をつかまえたんだ。今からうちに見に来ないか"と親友に誘われる場面で始まる「宇宙人がいる!」は、地球外知性が何にでも変身できるのをいいことに、高校時代に憧れの的だった(広末涼子的な)アイドルやクラスのマドンナの(当時の)姿になってもらうという中年男二人のバカ話。切っても切れない女同士の絆を描く「純粋個性批判」、中学時代からの運命的な恋にAI美女(?)がからむポスト村上春樹的な書き下ろしの中編「新しい孤独の様式」もいい。〈あなたが今思ったよりも、全然すごいよ〉という円城塔の帯文にウソはない。書き下ろし以外はネットで読めるので(noteとか)疑り深い人は先に確かめて下さい。

 法条遥『ノンブル・シャッフル』(ハヤカワ文庫JA)★★★½は、映画化された『リライト』の著者の10年ぶりの新作。ある日突然、現代日本に物語の登場人物たちが大挙出現。彼らはそれぞれの物語が始まる前の状態にあることが判明。この混乱を収拾するには彼らにプロットの必然性を理解させ、元の物語に送り返すしかない。編集者や首相秘書など、総理の密命を帯びた4人の女性が、桃太郎やシンデレラやかぐや姫たちに説得を試みることになる。古典的な物語を新しい(斜め上の)角度から解析するための無理やりすぎる設定に見えて(途中に入る『スラムダンク』[風バスケ漫画]のプロット分析は爆笑)、終盤、魔術的レトリックが炸裂し、本格ミステリ的な大団円に導くところはさすが異常ロジックの帝王・法条遥。

 高野史緒『アンスピリチュアル』(早川書房)★★★★は、人間のオーラが視える(だからこそスピリチュアル系のあれこれが信じられない)40代の既婚女性が主人公。かつてはハイブランドのトップ美容部員だったが、いまは巣鴨の治療院でパートの受付係をしている。夫の浮気に気づいた日、歌舞伎町の占い師に能力を見抜かれたことから、やがて占いの道に踏み出すことに......。時代設定は、新宿の一角が歌舞伎町構造体に覆われた近未来。他にも若干のSF要素を含むが、それがスピ系のネタとほぼ一体化しているところが笑える。

(本の雑誌 2025年8月号)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

大森望 記事一覧 »