真夏におすすめオカルトミステリー揃い踏み!
文=梅原いずみ
夏本番より一足先に、百鬼夜行が始まったらしい。6月はオカルト要素強めのミステリが揃い踏みであった。
新名智『霊感インテグレーション』(新潮社)は、ITベンチャー「ピーエム・ソリューションズ」が舞台の連作短編集。この会社に持ち込まれるのは、なぜかオカルト絡みの案件ばかり。存在しない霊能者から届くプッシュ通知の調査、使用者の体調を悪化させる瞑想アプリに潜む思惑、祟りをもたらすサーバー神社の謎......いわくありげな事件に、新米ディレクターの多々良数季と先輩エンジニアが挑む。
といっても、多々良たちに解決できるのは基本的にITに関わるトラブルだ。謎には現実的な解決編を提示し、そのうえで得体の知れない怪異の気配をにじませる。オカルトとミステリのバランス感覚は、横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作の『虚魚』、『あさとほ』といった過去作同様に見事。さらに今作には、お仕事小説的な面白さも加わる。著者が得意とする反転の趣向も各話に仕込まれていて、流れが変わる第四話以降は物語そのものの景色が一変する(ちなみに、四話に登場するカナちゃんは多分あの人)。
全体に通底するのは、多々良が抱える呪いの謎だ。"末代まで呪われた一族"の最後のひとりである多々良は、末裔ゆえの逆説的な業を背負っている。仕方がないとはいえ、この呪いのせいで、多々良の感覚は相当ぶっ飛んでいる。なんせ多々良がピーエム・ソリューションズに入社を決めた「殺し文句」は、社長の「次は間違いなく心臓に刺さる」だ。主語はナイフが、である。"殺し"文句が物理的すぎるだろう。危うさを抱える多々良がどう変化するのか。成長譚としても読みどころある一作である。
上條一輝『ポルターガイストの囚人』(東京創元社)は、『このホラーがすごい! 2025年版』で一位を獲得した『深淵のテレパス』に続く、シリーズ二作目の長編。普段は映画宣伝会社の社員として働きつつ、YouTuber〈あしや超常現象調査〉としても活動する芦屋晴子と越野草太。二人が今回依頼されたのは、古い一軒家で発生するポルターガイスト現象の調査だった。
誰もいないのに響く襖の開閉音、触れていないのに落下する遺影、二階から転がってくるこけし、ゆっくり回転しこちらを向く鏡。絶対にポルターガイストじゃん!と叫びたくなる数々の現象に対し、芦屋と越野は「超常現象は実在するけど、しょぼい」のスタンスを崩さない。第一作に続き、二人はオカルトと合理的な判断の両輪から検証し、怪現象の法則を見極め、対策を練ってゆく。
積み重ねられていく論理的解釈に、それでも当てはまらないもの。その正体がじわりと浮かび上がると同時に、鈴木光司『リング』の「拡散する呪い」パターンを彷彿とさせる形で、ストーリーは一気に加速する。前作とはまた異なるミステリの趣向も用意され、壮大なスケールで驚愕の真相が明かされる。考察系の作品が目立つ中、あくまで推理によって真相が導かれるのはミステリファンとして嬉しい。
残り二作はベテラン二人の新刊を。
小野不由美『営繕かるかや怪異譚 その肆』(KADOKAWA)。建物の建築や修繕を請け負う尾端が、家や場所にまつわる超自然的現象を"営繕"によって解決するシリーズ四作目だ。
収録作は六編。一話目は、道に落ちていたスマホを手にしただけで人影に付きまとわれるようになった男の話である。家とは関係のない怪現象に尾端はどんな繕いをするのかと思ったが、彼の提案はいつも通り理にかなっていて、自然と我が身ならぬ我が部屋を省みた。
過去作に比べ今作は恐怖度が高めで、古い平屋の風呂場で感じる気配に悩まされる四話、「かごめかごめ」を歌う死者に囲まれる悪夢を描く五話はトップクラスに恐ろしい。四話のラストは切なさも漂うが、『ポルターガイストの囚人』と同時に読むと、しばらく風呂場の鏡を直視できなくなるくらいには描写が怖すぎる。五話の怪異はミステリ好きほどまんまと餌食になる気がしてならないので、できればシリーズ共通の舞台「河口に位置する小さな城下町」からは出てこないでください。
三津田信三『寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理』(KADOKAWA)。『歩く亡者』に次ぐ〈怪民研〉シリーズ二作目で、探偵役は刀城言耶の弟子である天弓馬人、語り手は大学生の瞳星愛だ。前作は連作集だったが、こちらは長編。友人に誘われ愛が参加した皿来家の婚礼には、奇妙な習わしがいくつもあった。それもこれも、すべては皿来家の屋敷神「嫁首様」の祟りを避けるための呪いだという。だが、嫁首様を祀る迷宮社で首が一八〇度捻じれた死体が発見され、愛は事件に巻き込まれていく。
「本書のアイデアの半分は「刀城言耶」シリーズ用に考えたものだけど、諸般の事情でこっちに採用した」と著者がSNSで呟いているように、"天井のない密室"トリックや二転三転する推理、鬼無瀬警部の登場をはじめ、〈刀城言耶〉シリーズみがかなり強い。怪異描写も怖いのなんの。社の中、背後から迫る嫁首様の場面など、あの愛でなければ卒倒間違いナシだ。
一番唸ったのは「見立て殺人」への企みである。作中で横溝の『悪魔の手毬唄』が言及されるように、皿来家で連続する惨劇は童唄の見立てという古典的な形式に則っている。しかし、その動機は異様かつ斬新。おそらく過去に例がないのではないだろうか。とある人物の狙いが成功していたかと思うと、最高に背筋が震える。
(本の雑誌 2025年9月号)
- ●書評担当者● 梅原いずみ
ライター、ミステリ書評家。
リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」、『ミステリマガジン』国内ブックレビューを担当。1997年生。- 梅原いずみ 記事一覧 »



