櫻田智也『失われた貌』の地道で丹念な捜査がいい!

文=梅原いずみ

  • 失われた貌
  • 『失われた貌』
    櫻田 智也
    新潮社
    3,980円(税込)
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  • 白魔の檻
  • 『白魔の檻』
    山口未桜
    東京創元社
    1,980円(税込)
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  • 羊殺しの巫女たち
  • 『羊殺しの巫女たち』
    杉井 光
    KADOKAWA
    1,980円(税込)
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  • 誘拐劇場
  • 『誘拐劇場』
    潮谷 験
    講談社
    2,090円(税込)
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 年度末のランキングの締め切りが近い。つまり、ミステリファンが(嬉しい)悲鳴を上げる時期である。注目作が集中する中で、今回は各著者が過去作とは異なる趣向に挑戦した四作を紹介したい。

 まずは、櫻田智也『失われた貌』(新潮社)。『サーチライトと誘蛾灯』にはじまる、昆虫好きの青年・魞沢泉が探偵役の連作短編シリーズを書いてきた著者初の長編である。

 J県媛上市の山で発見された、"顔のない"死体。顔を潰され、歯を抜かれ、両手首が切り落とされた遺体の身元を調べる過程が、媛上警察署捜査係長の日野雪彦の視点で語られる。ゴミの不法投棄問題から不審者による児童への声かけ事案、関係各所への聞き込みなど、日野と彼の部下である入江文乃巡査部長による調査・検証はかなり地道。それによって顔のない死体の身元は早い段階で判明するのだが、そもそもDNA鑑定もあるこのご時世、犯人はどんな執念があって手の込んだ隠蔽工作を図ったのか。

 捜査を続けるうち、事件とは無関係に思えた出来事が予想外の形で繫がりをみせ始める。丹念に捜査過程が描かれるからこそ、過去と現在が複雑に絡み合った事件の輪郭が見えた後、何気ないセリフやちょっとした場面がリンクする様に感嘆する。また、日野をはじめ各警察官の姿も素敵で、みなそれぞれ思うところはあれど、事件解決のため、日々の安全を守るために職務を全うする。〈魞沢泉〉シリーズから一貫して、著者の人物造形には優しさが滲んでいて良い。版元によるプロモーションの煽りが逆にもったいなく思えてしまうほど、警察小説としても謎解き小説としても大変に堅実な一作である。

 山口未桜『白魔の檻』(東京創元社)は、二〇二四年に第三四回鮎川賞を受賞し各所で話題となった『禁忌の子』に続く二作目。救急医のもとに自分と瓜二つの遺体が運ばれるという謎を丁寧な調査から解き明かす前作に対し、今作は北海道の山奥が舞台のクローズドサークルものである。

 過疎地医療協力と地域医療実習のため、温泉湖の近くにある更冠病院へ派遣された内科医の城崎響介と研修医の春田芽衣。二人が病院に到着してすぐ、一帯は真っ白な濃霧に覆われ出入りが不可能になる。さらに院内で春田と旧知の仲だった病院関係者が変死体で発見され、翌朝には大地震が。その影響で院内に有毒な硫化水素ガスが流れ込み、殺人犯を内部に留めたまま、霧とガスによる閉鎖空間が完成してしまう。

 院内に閉じ込められたのは、城崎、春田、病院関係者に加え、八〇人前後の入院患者だ。デッドラインは多く見積もって七二時間。階下からは目に見えない有毒ガスも迫る。悪夢は続き、今度はある人物が「開かれた密室」で殺される。いったいなぜ、この状況で犯行に?犯人は春田の旧友の命を奪った者と同一人物なのか? 城崎は持ち前の冷静さを活かし、些細な手がかりから理路整然とした推理で犯人を絞り込んでゆく。真相の解明とともに浮き彫りになるのは、極限状態にあっても人命救助に奔走する医療従事者たちの姿と過疎地医療の厳しい現実、そして事件に関わる人々の複雑な感情だ。タイムリミット型のサスペンスに、医療と本格謎解きを絡めた著者の強い想いと確かな筆力が見事に結実している。

『世界でいちばん透きとおった物語』の著者である杉井光は雰囲気をがらりと変え、ホラー要素の強い長編ミステリに挑んだ。『羊殺しの巫女たち』(KADOKAWA)。舞台は山間に位置する早蕨部村。繁栄と災厄をもたらす「おひつじ様」なる存在を祀るこの村では、羊年になると一二歳の少女たちが巫女を務める祭りが行われていた。物語は健瑠、梢恵、美咲、夏帆、伊知華、「わたし」こと祥子が巫女となった一九九一年と、次の祭りが行われる二〇〇三年を行き来しながら進む。

 羊年に起きる惨劇、慣習に囚われた村の人々など、序盤から奇妙で不穏な雰囲気たっぷり。一九九一年の祭りで祥子たちが、おひつじ様を退けたらしいという謎も提示される。だが一二年後、ある約束のために再び村に集った祥子たちの前に、忌まわしい過去が蘇る。大人になった彼女たちは、今度こそ因縁を断ち切れるのか。小野不由美『屍鬼』や綾辻行人『Another』を彷彿とさせる展開に幾重にも伏線が織り込まれ、かつての少女たちの真意が浮かび上がると、物語は表情を一変させる。ホラー描写だけでなく、幻想的な筆致も要注目。

 潮谷験『誘拐劇場』(講談社)は、一風変わった誘拐小説。滋賀県の水倉地区で、小学生の薬物摂取事件が発生した。薬物犯罪撲滅キャンペーンに起用された俳優の師道一正は、県警の刑事と協力して事件の真相に辿り着き、やがて政界に進出。国会議員にのしあがり、水倉地区は「師道の街」となった─ここまでが序章である。

 しかし、それから一五年後の本編では状況が異なっていた。師道こそが麻薬犯罪の黒幕だという疑惑が持ち上がり、彼が敵か味方か分からなくなるのだ。直後、師道を調べていたメンバーの一人が何者かに誘拐され、犯人からGPSを用いたゲームを提案される。その際、どこから情報を摑んだのか、師道もゲームへの参加を希望する。眉目秀麗、頭脳明晰の名優は、味方であれば心強いが敵に回るとこんなにも厄介とは......。

 AIなどの最新技術が単なる道具に終わらず、謎解きにしっかり貢献しているところは流石の手腕。本格的なフーダニットが、精緻なロジックで組み立てられてゆく。師道一正の本心は、どこにあるのか。悪を問うという点では、著者のデビュー作『スイッチ 悪意の実験』を彷彿とさせる。

(本の雑誌 2025年11月号)

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●書評担当者● 梅原いずみ

ライター、ミステリ書評家。
リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」、『ミステリマガジン』国内ブックレビューを担当。1997年生。

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