『そして少女は加速する』はド直球に面白い青春小説だ!

文=久田かおり

  • そして少女は加速する
  • 『そして少女は加速する』
    宮田 珠己
    幻冬舎
    1,980円(税込)
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  • 白鷺立つ
  • 『白鷺立つ』
    住田 祐
    文藝春秋
    1,760円(税込)
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  • エピクロスの処方箋
  • 『エピクロスの処方箋』
    夏川草介
    水鈴社
    1,980円(税込)
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  • 女王様の電話番
  • 『女王様の電話番』
    渡辺 優
    集英社
    1,980円(税込)
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  • 激しく煌めく短い命
  • 『激しく煌めく短い命』
    綿矢 りさ
    文藝春秋
    2,585円(税込)
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 あのタマキングが青春小説を書いただとっ! 巨大仏やらいい感じの石ころやらを求めてだいたい日本中うりゃうりゃと旅しているあのタマキングがっ!?いやいやいやいや、同姓同名じゃない?という疑いの眼で手に取った『そして少女は加速する』(宮田珠己/幻冬舎)がド直球の面白さだった。陸上という超個人的競技のなかで団体戦という顔を持つ4継に青春を賭けた高校生女子5人の群像劇。彼女たちはそれぞれにプライドと執念と嫉妬と劣等感と不安を抱えて走り続ける。たった数十秒のためにその一瞬の一回のために身体全部で生ききる、その姿がまぶしすぎて。才能と運だけでは生き残れない残酷なまでに公平な世界。学校スポーツという理不尽が当たり前な世界の中で、意味不明な約束事から解き放たれたとき、彼女たちの身体が大きく羽ばたく。5人の物語が順番に語られ、時間経過とともにバラバラだったチームが形になっていく。そう、これは、物語自体が4継となり、バトンを繋いでいくのだ。オリンピックに出られるほど強いわけでもないのに何のために、なぜ走るのか。彼女たちが見つけたその意味がすがすがしい涙を連れてくる。

 第32回松本清張賞受賞の住田祐『白鷺立つ』(文藝春秋)は延暦寺の千日回峰という聖の中でも聖を極めた修行をテーマにしつつ、欲の権化のような「闘い」を描いている。そのギャップと熱と迫力にとにかく圧倒された。帝のご落胤という存在、公には存在してはいけない身体を持つ二人の僧。「達せずんば死」という命を懸けた行への彼らが持つ執着、お互いへの激しい嫌悪と憎悪。その理由と意味を私たち凡人俗人が真から理解することはない。例えば命を懸けた行に「信仰」という強い思いだけがあったのなら、この小説はもっとシンプルなものとなっていただろう。けれど存在してはいけない己の「実在」への執着と渇望が描かれるからこそ、俗人である我々もこの小説に強く心惹かれるのだろう。

 夏川草介が地域医療を舞台に「幸せに死ぬこと」を描いた『スピノザの診察室』の待望の続編が『エピクロスの処方箋』(水鈴社)だ。雄町哲郎、通称マチ先生の物語を読むたびに「人間の尊厳」という言葉が浮かぶ。「死」というものに対して人はあまりにも無力だ。それは多くの知識と経験を積んだ医者であったとしても、同じこと。でも、いや、だからこそ、その無力さをうめるために、あるいは0を1に近づけるために人には「心」というものが与えられたのかもしれない。力ではなく心がある、心をつかさどるために「哲学」があるという。医者であるマチ先生がなぜこんなにも哲学に惹かれるのか。人の病を治すことを生業としている医者なのに大切な人を救えなかったこと、それが彼の医者としての原点であり哲学を求める根源なのかも。病を得た人に「がんばれ」と言い続けることは、すでに十分頑張っている人への刃にもなる。病を治療することだけが医療ではない。病と共に生き、共に死ぬこと、それを支えるのが医療の、医者の大切な仕事なのだ。

 渡辺優『女王様の電話番』(集英社)を読んで、世の中で性的指向についてこれだけ多様性が謳われているというのに、我ながらあまりにも無知無関心すぎるなと思った。主人公の志川は、あこがれていた会社の先輩と性的関係を持てない自分に気付き職場に居づらくなり退職、勘違いからSMの女王様をデリバリーする店の電話番として働くことになる。自分はアセクシャルなのだろうか、もしアセクシャルだったらどうしよう、と悩みながら日々女王様の手配を続ける。この、「どうしよう」という疑問自体が世間で「普通」と言われる恋愛を大前提とした傲慢さと偏見から生まれるものなのだとわかる。あの人が好き、この人を愛している、という言葉と同じ温度で「私は性的欲求はない」という気持ちを受け取ること。ただそれだけのことがとても難しい。マジョリティによるマジョリティ的発言は多くのマイノリティに対して暴力でしかない。私たちは「普通」の範囲を自分で狭めているという自覚を持つことから始めなきゃいけないのかも。

 2019年に発売された『生のみ生のままで』を深化させた綿矢りさの『激しく煌めく短い命』(文藝春秋)も「普通」の範囲を一歩広げてくれる。今ほど多様性が受け入れられなかった時代の、しかも古い因習にとらわれ続ける京都という土地で「レズビアン」として愛し合うことの難しさ。好きになった人が同性だったらその「好き」はどういう感情なのか。自分の気持ちと興味好奇心を持て余しながらも少しずつ「愛し合うこと」に近づいていく中学生の二人。その二人の関係に入ったヒビ。高校生になったら、今より大人になったらもう少し楽に付き合えるのかもしれない、そんな思いが決定的に壊れてしまった卒業式の日。もし京都じゃなかったらこんなにも傷つけあうことなくともに生きていけたのかも知れないのに、そんな思いを抱かせながら17年後に物語は移る。両親の不仲に苛まれながらも優等生であった久乃、中国人の両親を持ち勉強はできないけどクラスカースト上位だった綸。生まれ育った環境も、性格も能力もかけ離れた2人の決定的な別れからのそれぞれの人生。東京で再会した2人の17年分の変化が痛々しい。女性しか愛せないわけではなかった2人のお互いへの思いの温度差も苦しい。そんな中で扇子の要のように2人を結び付けてくれる幼馴染みの橋本君の存在がいい。中学時代も、そして大人になってからも、2人と等距離にいてめいっぱい手を伸ばしていてくれるその友情のありがたさよ。

(本の雑誌 2025年11月号)

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●書評担当者● 久田かおり

名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。

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