『聖女の論理、探偵の原罪』の怒濤の展開がすごい!
文=梅原いずみ
先月に続き、各ミステリランキングの締め切り前後ということで、力作揃いであった。紺野天龍『聖女の論理、探偵の原罪』(ハヤカワ文庫JA)は、〈神薙虚無〉シリーズなどの著者による本格ミステリ長編。何でも見通す〈万象観〉という力を持つ聖女・聖天祢を擁する新興宗教団体〈科学の絆〉が舞台である。〈科学の絆〉は少々風変わりな教団で、宗教団体でありながら〈神〉を否定している。天祢いわく、この教団は「信者に正しい科学知識を身につけてもらうことが至上目的の学術組織」。一方で、〈科学の絆〉にはかつて信者が集団自決したという薄暗い過去もあった。その教団に、聖女のスキャンダルを狙って潜入調査をするのが元高校生探偵の新道寺浩平だ。とはいえ新道寺の目論見は天祢に早々に見破られ、逆に彼女と手を組むことになる。
長編ではあるものの形式は連作で、天祢と新道寺は三つの事件+αに遭遇する。教義で自殺を禁じているにも関わらず、密室で自殺した熱心な信者の謎を描く第一章に始まり、第三章では過激な思想を持つ元信者が立ち上げた研究機関の実証実験の最中に、死体移動が発生する。「不可能状況を科学で解明するという前提の作品なので、物理トリックにしようとしました」と著者がインタビューで語っているように、各話のトリックは要注目。その先で待つ犯人当ても、捻りが効いている。
いずれの事件も真相を明らかにするのは天祢である。新道寺も謎解き自体には挑むけれど、元高校生探偵となる所以となった出来事で、彼の推理力は錆びついていた。が、最終章に入ると風向きが変わる。探偵とは何か、信仰とは何か。作中で問われ続けたことに新道寺が向き合った瞬間ときたら......! 以降は怒濤の展開が続くので、一気読み不可避である。互いに傷を抱える名探偵と聖女を主軸に置くことで、井上真偽『その可能性はすでに考えた』、白井智之『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』とはまた違う角度から、これらの作品に共通する主題に挑戦している点も素晴らしい。
森バジル『探偵小石は恋しない』(小学館)は、気づいた時には著者の手のひらの上で転がされている系の本格ミステリ。二〇二三年に松本清張賞を受賞しデビューした著者の、三作目である。
小石探偵事務所の代表である小石は、重度のミステリオタク。「初心者向けの作品」として京極夏彦『魍魎の匣』をおすすめするタイプといえば、本誌読者には彼女のヤバさが伝わるだろうか。小石は名探偵のように、鮮やかに事件を解決することを夢見ているものの、ある特性から"色恋案件"が「死ぬほど得意」。ゆえに事務所には、浮気調査の依頼ばかり舞い込んでくる。"名探偵らしい"事件を依頼される商売敵に火花を散らす小石を冷めた目で見つつ、時にその暴走を止める相方役が、事務所の相談員兼調査員の蓮杖だ。二人の会話は終始コントのようで、ミステリファンがにやける小ネタも満載。その他の登場人物も全員魅力的でよい。
本作も連作形式の長編で、父親の不倫調査を依頼する女子高生、お互いに不倫を疑う夫婦など、色恋沙汰の絡む多様な謎解きが全五章で繰り広げられる。全体を通しての仕掛けも強烈。また、小石はその特性ゆえに、「恋愛ファンたちが主体の、恋愛前提の社会がピンとこない」。この感覚を単なる素材として扱わず、謎解きと密接に結びつけ物語を構築しているところに、著者への信頼を覚える。
『●●にいたる病』(講談社)は、六作を収録したアンソロジー。字数が限られているけれど、収録作のタイトルはすべて紹介したい。我孫子武丸「切断にいたる病」、神永学「欲動にいたる病」、背筋「怪談にいたる病」、真梨幸子「コンコルドにいたる病」、矢樹純「拡散にいたる病」、歌野晶午「しあわせにいたらぬ病」。言わずもがな、一九九二年に初版が刊行された我孫子武丸『殺戮にいたる病』オマージュのアンソロジーである。どの話も抜群に面白く、『殺戮にいたる病』未読の方でもきっと楽しめる(※読後感には要注意)。
それぞれの著者が自分の得意とするフィールドで原作の仕掛けを見事に踏襲しており、警戒していてもしっかり騙されてしまった。真梨幸子「コンコルドにいたる病」、歌野晶午「しあわせにいたらぬ病」は特にお気に入り。前者は損だとわかっていてもやめられなくなる心理現象"コンコルド効果"をブラックユーモアたっぷりに、後者は老老介護や闇バイトといった社会問題を落とし込み、ヒリヒリするような結末を味わえる傑作である。そして我孫子さん、デビュー三五周年おめでとうございます!
井上宮『骨の子供』(集英社文庫)。ジャンルはホラーだが、謎解き小説+タイムリミットものの手法を巧みに用いた一作。著者は二〇一六年に第一〇回小説宝石新人賞を受賞し、デビュー。受賞作を含む『ぞぞのむこ』は忌み地が舞台の短編集、二作目『じょかい』は黒マスク女が登場する怪物ホラーだ。
三作目となる本作は、長編ジュヴナイル・ホラー。蛇に似た生物"イビ"を軒先にぶら下げる風習のある町に引っ越してきた小学生の佳夏は、禁忌とされている言葉を口にしてしまい、怪現象に巻き込まれる。幼い妹にとり憑くイビの化け物イビラに、大人たちには聞こえない声。江戸時代に端を発するイビラをめぐる呪いは数百年の時を経て、現代社会の歪みとして少年少女に襲い掛かる。現実を思うと、化け物が姿形を変えて現在も健在なことには閉口してしまうけれど、恐怖の向こうに僅かな光を感じられる物語の締め方はホラーとして大変美しい。
(本の雑誌 2025年12月号)
- ●書評担当者● 梅原いずみ
ライター、ミステリ書評家。
リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」、『ミステリマガジン』国内ブックレビューを担当。1997年生。- 梅原いずみ 記事一覧 »




