打ち震えたのは懐かしさだけのせいじゃない

文=久田かおり

  • うまれたての星
  • 『うまれたての星』
    大島 真寿美
    集英社
    2,750円(税込)
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  • 天上の火焰
  • 『天上の火焰』
    遠田 潤子
    集英社
    1,980円(税込)
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  • 神さまショッピング
  • 『神さまショッピング』
    角田 光代
    新潮社
    1,760円(税込)
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  • スイッチ・ライフ
  • 『スイッチ・ライフ』
    夕鷺 かのう
    朝日新聞出版
    1,980円(税込)
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  • みちゆくひと
  • 『みちゆくひと』
    彩瀬 まる
    講談社
    1,980円(税込)
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 大島真寿美の『うまれたての星』(集英社)は「週刊マーガレット」と「別冊マーガレット」らしき漫画誌がモデルで、アポロ11号が月に着陸した1969年から、ミャクミャク万博じゃない方の大阪万博が開催された1970年が舞台だ。社会的大ブームを巻き起こしたフランス革命を描いたアノ名作や、少女たちがこぞってバレー部に入ったソノ作品が出てきてかつての読者たちは懐かしさに打ち震えるだろう。けれどこの作品は少女漫画誌が100万部を超えた古き良き時代に浸るためだけのものではない。高校卒業後経理補助として編集部に配属された牧子は、制服を着て言われたことを言われたとおりにこなすことだけが仕事だ。彼女は自分を「女中さん」のようだと思っている。「下に見られているんだろうな」とも。けれど顔も名前も覚えてもらえない「経理の女の子」というだけの存在がその持ち前の好奇心と天真爛漫さでどんどん存在感を増していく。仕事に倦んでいる男性編集者や、ジレンマに苦しむ女性社員たちの意識を変えていくのだ。当時の働く女性たちが直面しているのは、同じ仕事をしているのに男性社員とは異なる待遇への不満、同じ力があるはずなのに「補助」しか任されない焦燥。今は随分ましになっているとしても、彼女たちと同じ悩みを持つ働く女性も多いはず。多くの障害とそれを打ち破ろうともがいてきた先達たちの姿に勇気づけられる人も多いのでは。そして知らないうちにそのきっかけとなっていた牧子が、漫画が好きだという純粋な思いやルーチンワークや忘れ去られる程度の仕事の一つ一つが少女漫画ブームを作り上げていったのだと教えてくれる。あの頃の未来である今に向けて牧子たちが大地に突き刺した旗の、その尊さよ。

 遠田潤子『天上の火焔』(集英社)は備前焼の窯元を舞台に父子三代にわたる愛憎を描く。父親と息子の関係というのはどうしてこんなにもややこしくて面倒で複雑なのだろうか。母親と娘の関係とはまたちがったねじれがある。社会的経済的にすでに父親を超えていたとしても息子が父という存在を乗り越えられるのはその「死」以外にないんじゃないか、と身近な父子に感じたこともある。一般ピーポーでさえそうなのだから人間国宝だの轆轤の名手だのというラベルが加わったらなおのこと、それぞれが持つ孤独と屈託と憧憬と憎悪が入り混じり、血のつながりがあるからこそ切り捨てられない思いが繋がっていく。祖父に疎まれる父、父に愛されない息子。家族のなかに何があったのか。「なぜ」の部分を知りたくてページをめくる手が止まらない。まるで1300度というおよそ家庭用コンロでは出せない火力で焼きしめられたような読書体験。

『方舟を燃やす』で信じるべき正しさについて問いかけた角田光代の新刊『神さまショッピング』(新潮社)は信じたいと願う神さまを訪れる人々を描く。スリランカのカタラガマ、ミャンマーのチャイティーヨー、香港レパルスベイの天后廟、スペインのサンティアゴ巡礼の道、インドのバラナシ、モンゴルのエルデネ・ゾー、フランスの奇跡の教会やネパールのダクシンカリ、そして京都の縁切り神社。ほとんど聞いたことのない場所の聞いたことのない神さまに、誰かの不幸や死を、自分の健康や幸せを、そして身内との縁切りを願う人々。けれどあふれ出しそうな思いを抱えて何時間もかけて遠路はるばる訪れた神さまを前にしたとき、ふとその願いの本当の意味に気付くこともある。それは特定の宗教にのめりこんだり、とてつもない金額で怪しい壺を買ったりするわけではなく、ただどこかにいる神さまにこっそりと、だけど切実に祈り願う過去の、あるいは未来の自分自身の姿なのだ。

 古今東西、男女の入れ替わり物語は多々あれど夕鷺かのうの『スイッチ・ライフ』(朝日新聞出版)の設定はなかなか新鮮なのでは? 今まで多く描かれてきたのは、身体ごと入れ替わる、というもの。つまり男と女がその身体と生活そのものが入れ替わるわけで、つまり誰か他人の人生を生きていくことになる。自分のではない身体で、自分のではない環境で、自分のではない生活を送る。その悲喜こもごもが描かれている。ところが本書は自分の家族、生活、仕事、人生はそのままに、自分の性別だけがスイッチする。今まで生きてきた人生が丸ごと逆の性で続いていく。家族も友だちも同僚も、みな逆の性の自分と生きている。三姉妹の末子、保育士として働く理緒と、イケメンエリートの由弦。婚活パーティーでの最悪の出会いのあと、翌日目が覚めたら入れ替わっていた二人の性。直接かかわりはないはずの二人、という設定も効いている。それぞれに自分の性だけが変わっている状況のなか、お互いに同じ境遇ということがわかってからの共感と共闘。性がスイッチしたことで二人が直面する強大な違和感、そして訪れるクライマックス。その衝撃と怒濤の展開に圧倒される。男だから、女のくせに、男なのに、女らしく...今までそういうものだと受け流していたこと、性差別をしていないと思い込んでいたその一つ一つに頭を強く殴られた気がする。読みながら貼り付けた付箋の一枚一枚が、これからの自分への課題なのだろう。

 彩瀬まるの『やがて海へと届く』は旅先で震災に遭い行方不明になった友人の死を受け入れられない主人公のその心の再生を描いていた。新刊『みちゆくひと』(講談社)は、そこからさらに逝った側が自分の死を受け入れることが遺された者の再生へとつながると解く。「死」はすべての終わりではなく、終わらせるための旅の始まりなのかもしれない。

(本の雑誌 2025年12月号)

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●書評担当者● 久田かおり

名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。

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