宇佐美まこと『13月のカレンダー』の余韻に浸る!

文=久田かおり

  • 13月のカレンダー
  • 『13月のカレンダー』
    宇佐美 まこと
    集英社
    2,200円(税込)
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  • 翠雨の人
  • 『翠雨の人』
    伊与原 新
    新潮社
    1,980円(税込)
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  • エレガンス
  • 『エレガンス』
    石川 智健
    河出書房新社
    2,178円(税込)
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  • 9月1日の朝へ
  • 『9月1日の朝へ』
    椰月美智子
    双葉社
    1,870円(税込)
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  • サバイブ! (単行本文芸フィクション)
  • 『サバイブ! (単行本文芸フィクション)』
    岩井圭也
    祥伝社
    1,980円(税込)
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  • じゃないほうの歌いかた
  • 『じゃないほうの歌いかた』
    佐々木 愛
    文藝春秋
    1,980円(税込)
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  • 記憶にありません。記憶力もありません。 (文春文庫 つ 11-30)
  • 『記憶にありません。記憶力もありません。 (文春文庫 つ 11-30)』
    土屋 賢二
    文藝春秋
    792円(税込)
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 戦後80年という年だからこその一冊が、宇佐美まこと『13月のカレンダー』(集英社)だ。博士号を取るため日夜研究を続けていた侑平。結果を求めすぎて手を染めた不正。信用も恩師も未来も失った侑平が向かったのは、両親の離婚により疎遠になっていた父方の祖父母の家。そこで見つけたのは13月まであるカレンダーと祖父がつづった祖母の闘病記録だった。何も知らなかった祖父母のこと。初めて知る祖母とヒロシマの関係。自分を見失っていた侑平がたどり始める祖父母のあの日。原爆によって失われたのはこれからも生き続けなければならない多くの人の未来でもあった。被爆者という差別。自分や子どもたちが将来発病するかもしれない時限爆弾のような恐怖。そのひとつひとつの地獄のなかに、宇佐美まことは小さな希望をしこんでくれた。現代を生きる侑平が時を超えて手にした奇跡という余韻に浸る。

 原爆の後、黒い雨が被爆地に降ったが、それ以上の放射線に汚染された灰と雨が1954年のビキニ島沖で漁船の上に降り注いだ。その放射線物質の調査と研究を行ったのが伊与原新『翠雨の人』(新潮社)の主人公猿橋勝子だ。その研究は1963年の部分的核実験禁止条約へとつながっていく。なんという快挙だろう。戦中戦後を通して女性が理系の研究者になるには、どれほどの困難と苦労があったことか。いいお嫁さんになる事が女性の至上の幸せと思われていた時代に、だ。環境、才能、そして努力。その一つ一つを膨大な資料を読み解き丁寧に緻密に伊与原新は描いていく。愚かな男たちが始めた戦争の中でも屈せず、学歴や性差別にも負けず、折れずくじけず観察と実験を積み重ねていく勝子の姿に励まされる女性は多いだろう。科学分野に限らずいまだに残るガラスの天井を取り除いていくのが、私たち一人一人の使命なのだろう。

 戦争と女性にミステリをからめてきたのが石川智健『エレガンス』(河出書房新社)だ。梅原さんの欄で詳しく紹介されているので簡単な紹介にとどめる。戦時下でも信念をもってエレガンスであろうとし洋装を続けた女性たち。そのスカートの様子から「釣鐘草の衝動」と呼ばれた連続「自殺」の謎を追うのは、実在した警視庁の写真室所属巡査と"吉川線"を考案した鑑識の第一人者。連日の爆撃で明日の命さえ保証されない状態で自殺と思われる女性たちの死の謎を追う意味があるのかと苦悩する巡査石川と、とある信念によって捜査を続ける吉川。これは二人のバディものでありミステリであり、そしてなにより日本の狂気に満ちた歴史の記録でもある。

 身体ではなく心が疲れ切って、どうしても起き上がれない朝を知る人へ贈りたい椰月美智子『9月1日の朝へ』(双葉社)。高永家には母親が三人いる。子どもたちの生みの親のママ、継母の玲子ちゃん、父の母であるお母さん。彼女たち三人の愛情を受けて育った四人の子どもたちは、それぞれに周りから少し浮いている。長男善羽は中学教師で心身ともにマッチョ。弟妹への無遠慮で差別的な言動で非難されがち。次男智親は美容男子。イチゴ鼻や肌荒れが気になり、同級生のかの子とは美容友だち。三男武蔵は女の子になりたい自分を模索中。髪を伸ばしスカートで登校している自身のことを絶対的に好きな男女二人の親友がいる。長女民は率直な物言いでクラスからは孤立、周りからウケるための防御的毒舌のせいで部活のメンバー全員からもハブられる。そんな四人兄妹のそれぞれによって語られるそれぞれの苦悩。自分が通り過ぎてきた14歳から23歳の時間と味わってきた悩みが描かれていて、あぁ、こんな風にいつも心が重かったよな、と振り返る。親との友だちとのそして自分自身との距離がつかめず、いつも小さな傷を負っていた。自分の心に蓋をして、買ってきたような笑顔を貼り付けて、明日地球が滅びればいいのに、と朝の光を恨んで、夜の闇に癒されて。世界中に一人だけみたいな気分になって、それでも一人になるのが怖くて。人生をやり直せるとしても絶対に過去に戻りたくないのは、その恐怖から逃れた今、ここでやっと息ができているからか。人生の最悪の日に死にたくはない。せっかく死ぬのなら最高の日に死にたい。そう思って生きている多くの人へこの一冊が届きますように。

 ジャンルフリーな作家岩井圭也の新作『サバイブ!』(祥伝社)は余命モノだ。とはいえ、あのクセつよ作家が描くのだからありきたりのお涙頂戴小説なワケがない。悪性リンパ腫ステージⅣで余命宣告された一人の男の闘病物語、と聞いて想像するのとは全く別の闘いが描かれている。死んだほうがましというほど苦しい治療や死への恐怖と闘い、そしてようやく手に入れた寛解からの起業。努力すれば望みは叶う、という安易な光はここにはない。いつも失敗する主人公コタローの死線をさまよった者だけがもつ「生きる」ことへの執着、「働く」ことへの情動が胸熱。

『じゃないほうの歌いかた』(佐々木愛/文藝春秋)は凡人がこれでもかって登場する連作短編集。次々現れる凡人がツイてないし恵まれてもいない普通の生活を送る。そんな普通の毎日の中で同じカラオケ店でつながる面々。重ならないはずの普通が小さな輪を描く。普通のお話なのになんでこんなに好きなんだろう、としみじみ思う。

「老人力」という言葉を久しぶりに思い出した。土屋賢二の『記憶にありません。記憶力もありません。』(文春文庫)はDHAやEPAサプリが気になるオトナたちの必携書。忘れるって素晴らしい! ポケットにいつも笑顔とツチヤを。

(本の雑誌 2025年10月号)

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●書評担当者● 久田かおり

名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。

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