筋肉バカと陰キャもやしの友情『寝てる場合じゃねえんだよ』
文=久田かおり
竹宮ゆゆこ『寝てる場合じゃねえんだよ』(実業之日本社)は一見BLっぽいがBLではない。まぁ、大学の男子寮が舞台で男しか出てこないところに萌え要素はあるかもしれないが、そこはそれ。すっとこどっこいでまっすぐな元高校アメフト界のスター紫波と大学でも寮でも孤高の極みにいるスペシャルイケメン秀才(なのに陰キャでダサい)景都が寮の同室になるところから物語は始まる。思考単位が「筋肉」という紫波が景都と仲良くなろうといろいろと働きかけるのにことごとく玉砕。それでも少しずつ二人の交流が生まれていく過程や、景都が紫波のとある無意識奇行を保護するために悪戦苦闘するさまをゲラゲラ笑いながら読んでいると突然突きつけられる二人の過去と秘密。なぜ紫波が部活をやめることになったのか、景都がなぜ他人と関わろうとしないのか、それぞれが抱える傷のすさまじさにさっきまでの笑顔が凍り付く。人によって傷つけられた心と身体は、人を信じることによってしか癒せない。誰かのために必死になること、誰かのことを頼り切ること、その大切さを筋肉バカ紫波と陰キャもやし景都が身体をはって教えてくれる。
一穂ミチの新刊『アフター・ユー』(文藝春秋)はページを閉じてもしばらくは不穏な心地よさに足元が揺れているようだ。一緒に暮らしていた恋人多実が遠い海で知らない男性と事故に遭い行方不明になったという。一緒にいたのは誰なのか、なぜそんな場所にいたのか。恋人の事故のショックと、持っていた隠し事の衝撃を全身に浴びながら青吾は一緒にいた男性の妻と共に事故に遭った海へと向かう。今日も明日も続くと思っていたいつもと同じ毎日の、二度と来ない明日を探す旅。切なくて、苦しくて、悲しくて。それでも知るほどに会いたさが募る、思いも募る。ネタバレになるので詳しくは書かないけれど公衆電話とテレカというアナログな道具が消せない過去と消えた未来を繋いでいく。いまここにいないのに、たしかにいる。つかみたくて伸ばした手を、そっと大きく振るような物語。
朝倉宏景の阪神園芸をモデルにしたお仕事小説『あめつちのうた』が大好きなのだけど、今作は子を持つ親は手に取るのを躊躇する「子どもの命」がテーマだ。『あの冬の流星』(講談社)は、癌に冒された少年と、その少年を支える家族の物語なのだけど、ひとつの柱となり読者への大きな問いかけとなるのが「告知」という問題だ。自分ならどうする、どうしたい、どうしてほしい。
余命を宣告されたくないという人もいるだろう。残りの時間を充実させるために告知を望む人もいるだろう。でも、それは大人への、という大前提がある。18歳以下の子どもには基本的に余命の告知はしないという。黙ったまま最後まで治ると信じさせるべきなのか、残りの時間を告げて悔いのないように生きろというべきなのか。主人公竜星の家族が選んだ道には賛否両論あるだろう。「死」という概念さえあやふやな少年に余命の宣告なんてひどすぎる、という意見もわかる。揺れ動く家族の葛藤と、壊れそうな心。結局看護や介護というのは自分との闘いでもある。そして自分の心との折り合いでもある。どれだけ尽くしても後悔が残る。何年たっても、正解はわからない。だから、今、出来ることを、出来得る限りのことをする。逝く人のため、そして残される自分のため。いつか、思い出として笑顔で語る日のためにも。
『PRIZE』で出版業界を震撼させた村山由佳の新刊は、信州にある動物病院が舞台の『しっぽのカルテ』(集英社)だ。青春恋愛小説天使の卵シリーズやおいしいコーヒーのいれ方シリーズ、近年の女の業を描いた骨太小説を経て描かれた今作は村山由佳という人間の、その核に触れたような気がする。猫好き動物好きにとって動物病院という舞台を描くのは覚悟のいることだろう。愛する動物の「生と死」に真正面から向き合わねばならないし、自分自身の経験体験が一つ間違えば単純なお涙頂戴物語になってしまう恐れもある。村山由佳はエッセイとは違う立ち位置で物語の渦中に完全に入り込むのではなく、動物の飼い主と、ぶっきらぼうだけど腕のいい獣医師北川梓と、事務兼受付として働き始めた何事にも自信なさげな真田深雪の三つの立場から動物の命の物語を紡いでいく。5つの章で、子猫、老犬、オキナインコ、ウサギ、馬と、それぞれの飼い主の関係やかかえる問題が描かれる。瀕死の野良子猫を運び込んできた土屋、苦しむ老犬の安楽死を考える久栄、インコと夫の間で揺れる里沙、飼育係としてウサギの面倒を見ている草太。動物は彼らにとって単なるペットではない。共に生き共に暮らす家族だ。飼い主として自分が持つのは「命の重さ」そのものであり、動物が生ききるために果たすべき責任である。しゃべれない(インコはしゃべるけど)動物たちの気持ちを察し、思いをくみ取り、求めるものを与える。そしてそれと同時に動物たちからも同じものを受け取る。そういう関係の心地よさの果てにある別れの辛ささえもふくめてこれが動物と生き、そして看取ることなのだ、と教えられる。第一章で梓が語る動物たちが天国に行くときの名前のエピソードがいつまでも心に残る。
誌面が尽きそうだがこれだけは言っておきたい。須藤アンナの『超 すしってる』(中央公論新社)がぶっとびの面白さだ。東大に落ちた主人公サッチャーの元に届いた合格通知は「西東京すし養成大学」からのものだった。すし職人ではなくすしになるための大学だと!? なんじゃそれの連続パンチの果てにある未来をぜひ!!
(本の雑誌 2026年2月号)
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- ●書評担当者● 久田かおり
名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。
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