爽快アメフト青春小説若林正恭『青天』に燃える!

文=久田かおり

  • 青天
  • 『青天』
    若林 正恭
    文藝春秋
    1,980円(税込)
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  • 生きとるわ
  • 『生きとるわ』
    又吉直樹
    文藝春秋
    2,200円(税込)
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  • けんちゃん
  • 『けんちゃん』
    こだま
    扶桑社
    1,650円(税込)
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  • 夜が明けたら
  • 『夜が明けたら』
    青波 杏
    KADOKAWA
    2,420円(税込)
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  • はくしむるち
  • 『はくしむるち』
    豊永 浩平
    講談社
    1,980円(税込)
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 若林正恭の『青天』(文藝春秋)は照り付ける太陽の下で汗だくの身体を大の字に伸ばすような爽快さだ。エッセイの独特の面白さで定評のある若林正恭が満を持して描いたアメフト青春記。高校三年生のアリは春の大会であっさり負けて引退するわけなのだけど、そこからの彼の迷走と、その迷走のあとの進撃がすさまじい。部活を真剣にやってきた生徒は引退した後、その集中力と体力と根性で受験勉強にすんなりと移行できたりする。けどその移行にのれなかった者たちはどうなるか。バイトに明け暮れたり不良活動に勤しんだり、そういう道さえ選べず中途半端だったアリが見つけたリベンジ。三年生が引退し「ようやく来た我が世の春」の二年生たちに疎まれながらも黙々と練習に向かうアリ。熱い熱い熱すぎて燃えそうだ、いや、萌えそうだ。アメフトのルールを全く一ミリも知らないのに読んでいるうちにめちゃくちゃ詳しい気になってしまう。若林正恭のちょっぴりナナメでド直球の青春スポーツ小説はかつて部活に青春をささげた者にとっては懐かしさと切なさを、部活に乗り切れなかった者にはまぶしく暑苦しい余熱を運んできてくれる。

 芥川賞受賞作として歴代一位の発行部数を誇るデビュー作『火花』から11年。又吉直樹の新作『生きとるわ』(文藝春秋)はその拗らせ具合がますます加速。ただただ嘘を重ねてお金を借りまくる屑男横井と、嘘やと分かってて騙されてお金を貸し続ける男岡田の、理解不能な関係。500万円って相当な金額を貸したまま返してもらう当てもなく。しかも返してもらおうと思ってるのにまた訳の分からん屑男の話にうかうかとのってしまう岡田、なんでやの。横井のことを信じてしまうことが、そしてその横井にお金を渡すことが岡田にとってどういう意味があるのん? ノブレスオブリージュ? いやそんなことやないんやろ。そんなわかりやすい理由やない。嘘つきやとわかってる男に対して、その男の嘘にのる。そのせいで崩壊していく自分の人生に甘んじる。それは自傷行為なのか、もしくは破滅への快感なのか。こんなにも読んでてしんどい小説もなかなかない。大阪弁の会話の軽やかさが救いやし、ずっと漂うおかしみのおかげで感情焦げ付きもせんけど、しんどかったわ。それでも最後まで読んでしまう、読まされて付き合い続けさせられるの、やっぱ面白いからやろなぁ。あと、最後、ずるいわぁ。タイトル、そういう意味やったんかいな!

 デビューエッセイのタイトルが衝撃的すぎて店頭では小声での「例のあの本」という問い合わせが続いたこだまの初小説『けんちゃん』(扶桑社)は大声でその魅力を語りたくなる一冊。特別支援学校の寄宿舎、というなかなか馴染みのない場所が舞台。主人公のけんちゃんは吃音を持つ18歳のダウン症者。彼は、独特のこだわりを持ちながら自分の人生を自分のペースで思うままに一生懸命生きている、しかも「楽しそうに」だ。この楽しそうに生きているけんちゃんと接することで彼の周りにいる誰もが自分の中のもやもやしたものを解き放っていく。障害を持つがゆえに彼はたくさんの人の手でお世話をされているし、面倒も見てもらっている。けれど同じように、いや、それ以上にけんちゃん自身がたくさんの人を救ってもいる。寮のみんなが週に一回買い物に行くコンビニ店員七尾光の章が特に心に残る。七尾の過去の悲劇を思いつつ、彼が持ち続けるある罪の意識を「それはまぁ、しかたないかもね」と当たり前に思ってしまう自分を罰したくなる。その固く閉ざした心の扉をけんちゃんからの手紙が開け放った瞬間を何度でも読み返している。高校を卒業して新しい世界で生きていくけんちゃんが、今よりももっとたくさんの人の世話になりながらたくさんの人を救っていけばいいのにな、としみじみ思う。

 始まりは理想に向かって進むまっすぐな道であったはずなのに、それがどこかで少し角度が変わってしまったがゆえにどんどん理想から外れたところに行きつくことはよくある。青波杏の『夜が明けたら』(KADOKAWA)はその典型である学生運動の終末期のとある事件をモデルに描かれている。そもそも「学生運動とは」というところを知らないと彼らの行動の理由が全く分からないだろう。いや、知っていると余計に理解できないかもしれない。その始まりと終わりなどはそれぞれに調べてもらうとして、物語は1972年と2024年、二つの時代を繋いで進んでいく。編集者の元に届いた未発表の小説原稿というのがその1972年に起こった山岳ベース事件がモデルとなっている。連合赤軍のメンバーが警察の目を逃れるために築いた拠点において「総括」という名目で暴行を加え仲間の多くを死に至らしめた事件の、その犠牲者の1人を救おうとした「物語」である。小説なのか、記録なのか。原稿を受け取った編集者と作家のそれぞれの思いが交錯していく。あの事件はいったい何だったのか。なぜ被害者たちは死ななければならなかったのか。わかった気になって過去の出来事と片付けてしまうにはあまりにも生々しく重い事実。まだ終わっていない、そういう思いが強く残る。

 沖縄には差別と暴力と深い悲しみが刻み込まれている。豊永浩平が描いた『はくしむるち』(講談社)からはそのすべてがあふれ出す。サブカルオタク少年行生と、沖縄戦に少年兵として従軍した大伯父修仁、地獄のような二人の物語はこの世界で生贄として差し出されてきた者たちを守るためのヒーローを求め続けていく。目の前にそびえる分断する壁への抵抗、血まみれのその痕のすさまじさよ。

(本の雑誌 2026年4月号)

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●書評担当者● 久田かおり

名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。

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