子どもファーストの呪いを解く菰野江名『まどろみの星たち』

文=久田かおり

  • まどろみの星たち
  • 『まどろみの星たち』
    菰野 江名
    ポプラ社
    1,980円(税込)
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  • 外の世界の話を聞かせて
  • 『外の世界の話を聞かせて』
    江國 香織
    集英社
    1,980円(税込)
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  • 明日、あたらしい歌をうたう
  • 『明日、あたらしい歌をうたう』
    角田光代
    水鈴社
    1,870円(税込)
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  • ギアをあげて、風を鳴らして
  • 『ギアをあげて、風を鳴らして』
    平石 さなぎ
    集英社
    1,870円(税込)
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  • こつこつ、オムレツ (一般書)
  • 『こつこつ、オムレツ (一般書)』
    太田 忠司
    ポプラ社
    1,980円(税込)
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 菰野江名の『まどろみの星たち』(ポプラ社)は働く親への光の書。早くに両親を亡くした主人公文乃は一般的な家族関係というものを知らずに育つ。祖父母や父親の恋人に大切に育てられてきたとしても、どうしても「親子」関係の入り組んだ思いというものを実感できない。そんな文乃が保育士として24時間営業の保育園で出会う夜に働く親や保育園で夜を過ごす子どもたちが抱える問題を解きほぐしていく。一日の疲れを癒しながら親と子がお互いのぬくもりの中で眠りにつく大切な時間、それをどうしても手放さなければならない人たち。当直や夜勤のある職種ゆえに、あるいは夜職とよばれる仕事に就くしか選択肢がないがゆえに子どもを預けて人は夜働く。彼らが安心して働くために夜間保育園はあるのだ。そう、読みながらずっと勘違いしていたことに気付く。園長たちは預けられる子どもたちのためではなく(もちろんそれもあるけれど)子どもを預けて働く親のためにこそこの保育園を作ったのだ。育児や保育を描くとどうしても「子どもファースト」という視点に立ちがちだ。なにがなんでも子どものことを一番に考えるべきだ!と。もちろん間違ってはいないけれど、その「一番」を押し付けることで追い詰められる親たちがたくさんいるのだ。子どもファーストの呪いを解き、一人で抱え込む必要はないんだ、足りない手はどこかから借りればいいんだと、菰野江名は強く温かく教えてくれる。

『外の世界の話を聞かせて』(江國香織/集英社)はタイトルとジャケットに心惹かれる。かつて三重にあったピンク色の元公民館に勝手に住み着いていた3組の家族。彼らは思想の実践として「国家権力およびその手先から盗」んだ水道と電気を使って生活していたという。完全なる不法滞在だし、危険な思想を感じたりもするのだけどその建物の色がピンク色というだけでそこはかとなく優しい雰囲気を感じなくもない。そして私設図書館の南天文庫というこれまた優しい空気をまとった場所を営むのはそのピンクの家に住んでいた輝子とあやめ母子だ。南天文庫、いいねぇ。本好きにはたまらん空間だ。家ではなく会社でもなく学校でもない、内と外を隔てる場所、過去と今の境目の時間、私とあなたの間にあるもの。「外の世界の話を聞かせて」とあやめは言う。南天文庫に小さい頃から通う陽日は「ピンクの家の話が聞きたい」と言う。その時の、その思い出の中に行くことはできないけれどその話を聞くことで記憶は共有されていく。続いていく時間の中で、ほんのひととき心と身体を休める場所があるという救い。そして物語は終わらない。ぽんっと放り投げられたラストの余韻の中にたゆたい続ける心地よさよ。

 角田光代『明日、あたらしい歌をうたう』(水鈴社)を読んでいてはっとした。これは、もしかしてあの人がモデルなのか!? そう思った瞬間、鬼リピしていた曲や当時のあれこれが怒濤のように押し寄せてきた。音楽は記憶と深く結びついているのだ。作中にあらた少年が父親だと教えられてきたミュージシャンの名前は出てこない。キッチンのカウンターにその写真が飾られているだけなのだけど、間違いなくこれはあの人だろう。実際にはあらた少年の父親はその人ではなかったのだけど。あらたの視点と母親くすかの視点が交互に描かれていくなかで、くすかがなぜそんな嘘をついていたのかが明らかになっていく。モデルとなったミュージシャンは奇抜な衣装とド派手な化粧でいつも「愛し合ってるかい!」と叫んでいた。誰かを愛すること、その気持ちを言葉に、歌にすること、それがどこかの誰かの世界を変える力があること。音楽ってすごいよな、とあらためて思う。二人がそれぞれに音楽によって世界が一変するその瞬間の描写がとてもすばらしい。音楽に救われた経験のある人にとって、これは宝のような一冊になるだろう。

『ギアをあげて、風を鳴らして』(平石さなぎ/集英社)は第38回小説すばる新人賞受賞作だ。小学四年生10歳、新興宗教の教祖の生まれ変わりとして教団で暮らす癒知は父親の仕事の関係で各地を転校してまわるクミと出会い、自分自身や自分の家族と他の人たちとの違いに気付き始める。「神の子」として様々な制約の中で育つことの異様さに本人自身が疑問を持ち始めるきっかけが外の世界から来た転校生であったというのは偶然であり必然でもあったのだろう。10歳の子が当たり前に知っているケーキのおいしさや親と一緒の布団で寝るぬくもりと安心感、それは特異な環境で育ってきた癒知が知らなかったささやかな幸せだ。少女たちは聖なるものから生を取り戻すため、そしてささやかな幸せを手に入れるために自分の足でペダルを漕ぐ、たとえそれが一瞬の輝きだったとしても。はじけるように駆け抜けるラストシーンが心に残る。

 幸せと言えば自分の好きなことをやっている時間が何より幸せだろう。それが仕事であったなら最高の幸せだろう。太田忠司『こつこつ、オムレツ』(ポプラ社)はそんな大好きな仕事をする最高の幸せを突然失ってしまう田城陶子が主人公だ。この名前を聞いておや?と思った方、正解。ポプラ文庫『ぐるぐる、和菓子』の登場人物でもある。この小説で「局所性ジストニア」という病名を初めて知った。スポーツでよく聞く、イップスのことだ。パティシエとしてポッシュが絞れないという致命的障害、そこから始まる陶子の物語。オムレツにまつわる取材への同行で、取材対象とオムレツの物語から陶子が見つけていく自分自身の問題。仕事とは、働くこととは。好きなだけではたどり着けない場所へ踏み出す一歩の大きさよ。

(本の雑誌 2026年5月号)

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●書評担当者● 久田かおり

名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。

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