上下巻一気読み必至の辻村深月『ファイア・ドーム』がすごい!

文=久田かおり

  • ファイア・ドーム (上)
  • 『ファイア・ドーム (上)』
    辻村 深月
    小学館
    2,090円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • ファイア・ドーム (下)
  • 『ファイア・ドーム (下)』
    辻村 深月
    小学館
    2,090円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 多類婚姻譚
  • 『多類婚姻譚』
    凪良 ゆう
    講談社
    2,090円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 湾
  • 『湾』
    宮本 輝
    新潮社
    2,420円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • せどりの女王
  • 『せどりの女王』
    高殿 円
    PHP研究所
    2,310円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • ホルモー燦燦
  • 『ホルモー燦燦』
    万城目 学
    KADOKAWA
    2,145円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

「2026年大本命!」「辻村深月新たなる代表作!」「文学史上に残る大傑作!」とにかく読んだ人の誰もが納得の賞賛が並ぶけれど一番わかりやすいのは『ファイア・ドーム』(小学館)は「下巻も一緒に買っておけっ!!」だろう。だってこれ上巻読み終わってすぐに続きを読まずにいられませんから! 手元になかったら本屋に走りますから! 25年前、北陸地方にあるとある県で起きた百貨店受付嬢誘拐殺人事件。犯人の自首により解決したと思われたその事件が、なぜかずっともやのようにその土地に漂い続けている。同時期に起こった小学生ひき逃げ事件、そして25年後の小学生失踪事件。三つの事件は関係があるのか、どう結びつくのか、地方の町で起こった事件をめぐって人々の憶測と噂が飛び交う。めったにない大事件に「関係者」の興味と関心が燃え盛っていく。「誰かが言ってた」「聞いたことがある」程度の話が「きっとそうに違いない」へと変化していく。悪意のない小魚程度の噂話に尾ひれが付き巨大魚の大群となって町を覆いつくしていく。この責任を伴わない悪意に満ち溢れた上巻の終わりに小学生失踪事件が急展開を迎えるわけだから下巻が手元にない恐怖をお判りいただけるだろう。そして下巻、ここからが辻村深月の本領発揮。まだまだ残りページがたくさんあるのに事件が解決してしまうのだ。あれ?この後はなに? ふっふっふ。ご安心を。ここからの怒濤の展開は間違いなく一気読み必至。休日前日読書をおススメします。しかし、「噂」って怖いよな。辻村深月は誰かが言ってた「真実」の恐ろしさを描きながら、私たちに覚悟を問う。これを他人事として読めますか、と。私たちの中で自分の体験談しか語ったことのない者だけが、この小説をフィクションと呼べるのだ。

 これをみなさまが読んでいる頃は結果が出ているかもしれない、第175回直木賞候補に選ばれた凪良ゆう『多類婚姻譚』(講談社)は読む人によってその受け取り方が大きく変わりそうだ。大手食品会社を軸に、ゆるく繋がる5組のカップル。それぞれが抱える問題が、他の誰かの物語の中では別の形として描かれる。「結婚」という社会的契約を中心にして、その周りで悩み傷つき苦しむ彼らの声が聴こえる。なぜ彼らはフツーの結婚の枠内にはまらないのか。セクシャリティの問題が、生まれや育ちが、浮気やジェンダーや仕事が、それぞれの前に立ちはだかる。「結婚」のハードルは高く、門は狭い。けれど5つの物語の最後に凪良ゆうは言う。「わたしたちはそれぞれの庭で愉しく生きる。ただそれだけ」。そういう風に思えず、そういう風に生きられずに苦しんでいる人がいる。愛し合う2人で愉しく生きていく、それだけのことが許されない人たちが、それでもお互いの気持ちをどこまでも守っていきたいと願っている人たちが、分かり合えない人とは分かり合えないままでいい、という潔さにきっと救われる、そんな一冊。

『湾』(宮本輝/新潮社二二〇〇円)はタイトルも装丁も内容も文章も、そのすべてが美しい。かつて「何も足さない 何も引かない」というウイスキーのCMがあった。このどこまでも美しくどこまでも優しい宮本輝の『湾』を読んでその言葉を思い出す。まだ終戦から14年しかたっていない、大陸からの引き上げがひと段落ついて朝鮮特需による景気上昇、日本が高度経済成長へと突き進んでいく、その始まりの時代。そんな昭和34年に10歳だった少年光太と、彼の二つ年上の父違いの姉皐月、そして彼らの家族の物語だ。京都、と聞いて誰もが思い浮かべる景色や雰囲気とは全く違う舞鶴という港町を舞台に、令和5年の「現在」と過去を行きつ戻りつしながら光太の思い出が語られる。この行きつ戻りつ加減がとても心地いいのだ。まるで木漏れ日の下でうとうとしながら自分の思い出をたどっているような、いろんな思い出が次々掘り出されつつ、順番が後先しつつ、幸せなまどろみの中でたゆたっているような。こういう小説を読むことで自分の中の「美しさ」と「幸福さ」の基準が出来上がっていくのだな、としみじみ思う。

 本屋で働いていると、転売ヤーが心から憎くなる。「売り上げ」というところに関して言えば誰に買われようが同じだ。でもね、普段本当にその本が欲しくて買ってくれているお客さんではなく、それにバカみたいな値段を付けて売りさばこうとするヤカラに買われるのが本当に本当に嫌で。「お前に売る本なんてねぇ!!」って言えたらいいのにと思うこともよくある。そんな「転売」と「せどり」は全くもって似て非なるものだ。

『せどりの女王』(高殿円/PHP研究所)を読むとせどりが単に安く仕入れたものを別の人に高く売り抜くってだけではないということがよく分かる。私たち本屋が心から嫌っている転売ヤーは売り抜くものへの愛なんてかけらもない。でもせどりを生業にしている遠火たちは、捨てられていたものを安く仕入れて、それをきれいに洗って磨いて次の人へと手渡している。そこには多分「愛」がある。遠火と辺見、そして時雨沢。三人のそれぞれの今までの人生、と今。年商50億の女遠火が炎上させてまでインスタライブを続ける理由、その本当の意味と目的。あぁ、遠火、かっこええ。どん底まで落ちた人間だけが持つ美しいまでのしたたかさに、魅せられる。

 紙面が尽きたがシリーズ完結編、万城目学の『ホルモー燦燦』(KADOKAWA)に20年分の愛と感謝を贈りたい。縦の糸は「なんでやねん」横の糸は「んなアホな」。ありがとう、あなたに会えてよかった。そして言おう、ホルモーは永遠に不滅です!!

(本の雑誌 2026年8月号)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 久田かおり

名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。

久田かおり 記事一覧 »