佐々木譲の歴史改変探偵小説『横浜共同租界』に唸る!

文=梅原いずみ

  • 横浜共同租界
  • 『横浜共同租界』
    佐々木 譲
    光文社
    2,090円(税込)
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  • ざんどぅまの影
  • 『ざんどぅまの影』
    澤村伊智
    KADOKAWA
    2,145円(税込)
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  • ととはり屋敷 (角川ホラー文庫)
  • 『ととはり屋敷 (角川ホラー文庫)』
    澤村伊智
    KADOKAWA
    1,078円(税込)
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  • そうだ、君を憎めばいいんだ: 愛と殺意と七つの条件
  • 『そうだ、君を憎めばいいんだ: 愛と殺意と七つの条件』
    桜庭 一樹,斜線堂 有紀
    河出書房新社
    1,980円(税込)
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 五月は佐々木譲『横浜共同租界』(光文社)を取り上げずに語れない。一九七九年のデビュー以降、第一線で活躍し続ける佐々木は近年、歴史改変SFの趣向を取り込んだ作品に力を入れている。日露戦争で敗北した架空の日本が舞台の警察小説『抵抗都市』に始まる三部作、内戦状態に陥った近未来の日本を描く冒険小説『裂けた明日』、時間遡行により太平洋戦争の開戦阻止を目指す『時を追う者』。そして新刊『横浜共同租界』は、私立探偵小説に歴史改変SFの要素を掛け合わせた長編である。

 舞台は、第二次大戦後の講和と引き換えに米・中・露・英・蘭の五カ国が統治する"共同租界"となった現代の横浜。この架空の横浜で、非公式の探偵稼業を営む長堂和樹が主人公だ。長堂はある日、人捜しの依頼を引き受ける。依頼人曰く、「弟が、わたしの目の前で消えた」「拉致されたのではないか」。

 私立探偵による人捜しという王道の流れに奥行きを生み出すのが、共同租界なる特殊な場所である。ただし、共同租界の設定は作中で明確な説明はなされず、読者は長堂の調査とともに街の全貌を把握していくことになる。最初は困惑するかもしれないが、読み進めていくと次第に、横浜共同租界という場所が浮かび上がってくる。この筆致が、大変に巧い。時代やジャンルを問わず、一貫して現代社会の姿と「個人と組織の対立」を描く佐々木の作家性と見事に呼応する手法である。横浜共同租界というパラレルワールドを舞台に、現代の日本社会の歪みを違和感なく描写する。大ベテランの手腕に唸るばかりだ。

 今月は、比嘉琴子/真琴の姉妹が怪異と対峙する〈比嘉姉妹〉シリーズの二作も外せない。澤村伊智『ざんどぅまの影』(KADOKAWA)/『ととはり屋敷』(角川ホラー文庫)。どちらもシリーズ前日譚にあたる内容で、ここから読み始めることも可能。とはいえ、個人的には刊行順をお勧めしたい。

 まずは、シリーズのエピソード・ゼロである長編『ざんどぅまの影』。一九八一年、沖縄からの移住者が多く暮らす神奈川県の港町で新生活を始めた篤は、水音とともに近づいてくる化け物に遭遇、心身に支障を来していた。そんな篤を助けたのが、沖縄出身のユタである比嘉勝子──琴子や真琴の祖母である。勝子によって篤は正気を取り戻すものの、町では「水のない部屋で海水により溺死する」事件が頻発。やがて沖縄の昔話に登場する化け物「ざんどぅま」の仕業だという噂が囁かれはじめ、篤と仲間たちは町を守るために自警団を結成する。

 そう、きっかけは自分たちの大切な場所を"化け物"から守るためだった。だが、恐怖は怒りに転じやすく、居場所を守るという思いは暴力への抵抗感を薄れさせる。中盤以降の惨劇はかつて日本で実際に起きたことであり、排外主義や分断が加速する現代でも起きかねない事態である。正しさを振りかざす住民、「ざんどぅま」と呼ばれる怪異を前に、勝子の選んだ方法はなんとも痛烈だ。さらに、続く場面ではある事実が明かされる。今作は琴子による「口寄せ」形式の語りであることが冒頭で述べられているので、ミステリ読みでなくとも何らかの仕掛けを疑う人はいるだろう。しかし、澤村はそんなこと百も承知で驚きの趣向を用いる。無意識の思い込みの恐ろしさを物語で理解した"つもり"の者ほど、上述の場面でくらう一撃は重いはずだ。なんせ物語側から直接、自らの危うさを指摘されるのだから。デビュー十年を超えた澤村伊智という作家のひとつの到達点を示す傑作である。

 間を置かずに刊行された『ととはり屋敷』は、比嘉家の七人きょうだいを描く六編を収録した短編集。比嘉琴子には六人の弟妹がいたが、生き残ったのは妹の真琴だけ──〈比嘉姉妹〉シリーズは主要登場人物が命を落とすことも珍しくなく、その中には比嘉家の弟妹も含まれる。二番目の姉の美晴のみ、『ずうのめ人形』の中で最期が描かれたが、彼女以外は長らく詳細不明のままだった。本作では、謎に包まれていた残りの弟妹たちの人生とその最期に光が当てられる。

 中学生の双子の兄弟・龍也と虎太が巻き込まれたキャンプ場の惨劇、少年野球チームで起きた変事の解決を頼まれた小学五年生の弟・肇、末妹の栞が命を懸けて対峙した獣とその後。中には美晴と琴子が時を経て共闘する嬉しい一編もある。各話は独立しているが物語が進むにつれ、弟妹の最期には尾ひれがついて過激なホラー話となり、住人不在となった比嘉家は心霊スポット「ととはり屋敷」として面白可笑しく消費されている様が見えてくる。はたして怪異は社会の歪みに入り込むのか、人間の愚かしさから生まれるのか。なお、表題作の六話目で明かされる琴子たちの父親の顛末は、『ざんどぅまの影』で比嘉家のルーツを読んだ後では余計に、同情の余地ナシである。

 最後は一風変わった競作小説集の桜庭一樹・斜線堂有紀『そうだ、君を憎めばいいんだ 愛と殺意と七つの条件』(河出書房新社)を。「桜が咲いた日」、「ゲームオーバー」「自称犯人」、「斜光のさす場所」という四つのテーマに、それぞれ日時や場所、キーワード、セリフといった共通する七つの条件が課され、それらに基づいて二人が記した短編が八作収録されている。

 七つの条件は各話の最後で明かされるので、読みながら推理するも良し、読み終わった後で答え合わせするも良し。テーマは違っているが、桜庭の「怪物のまま生きてゆく」と斜線堂の「私は呪い、君は愛。」からは、ともに湿度の高い(誉め言葉)感情が伺えて大変好みの二作だった。

(本の雑誌 2026年8月号)

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●書評担当者● 梅原いずみ

ライター、ミステリ書評家。
リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」、『ミステリマガジン』国内ブックレビューを担当。1997年生。

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