宇佐美まことの物語を信じて読め!

文=北上次郎

 宇佐美まこと『展望塔のラプンツェル』(光文社)が素晴らしい。

 物語の表面で語られるのは二つの話である。まず一つは、さまざまな問題と取り組む児童相談所の日々だ。こちらのメインは、児相の松本悠一と、「こども家庭支援センター」の前園志穂。彼らの日々を読むだけで長編一冊分の読みごたえがある。とにかく息の抜けない目まぐるしい毎日なのである。

 もう一つは、海と那希沙の物語だ。二人は中学時代の同級生で、いまは十七歳。学校にいかず、廃屋の外階段にぽつねんと座っている。二人とも、海の母親ライザ以外の大人は信じていない。こちらのパートに登場するのはもう一人、五つか六つの男の子。何も喋らないので、海が「晴」と名付ける。「晴れた海の渚。いいね。あたしたち、いいダチになれそうだね」と那希沙は言うが、ようするに三人とも、行き場のない子供たちだ。貧困と暴力の街で、彼らもまた凄まじい日を生きている。

 そうか、三つめの話があった。不妊治療専門外来に通う落合郁美のパートだ。子供が欲しくても得られない彼女の日々が物語の随所に挿入される。なぜこの落合郁美のパートが必要なのかは、ラストで明らかになる。

 この三つの話は個別に見ていけばすべて目新しいものではない。どこかでいつか読んだことのあるような話といっていい。ところがラスト一〇〇ページの怒濤の展開を見られたい。この三つがクロスして高まって、驚きのラストに突入するのだ。そうすると既視感はどこかに吹っ飛び、温かなものがこみ上げてくる。私たちが読みたかった物語が奇跡的に現出するのだ。

 すさんだ街で生きる子供たちの姿なんて、辛すぎて読みたくない、との気持ちはわかるけれど(私がそうだから)、宇佐美まことを信じて最後まで読んでいただきたい。未来はけっして捨てたものではない──というひびきがぐんぐん立ち上がってくる。宇佐美まことの傑作だ。

 平岡陽明『ロス男』(講談社)は、『松田さんの181日』『ライオンズ、1958。』『イシマル書房編集部』に続く四冊目だが、今回がこれまでのベスト。中年のフリーライターを主人公にした連作集で、一五歳のコーキ君、元気なカンタロー老人など、個性豊かな脇役たちが物語を引き締めている。アスペルガー症候群の朝井名美ともう会えないのかと思うとそれだけが淋しいが、コーキ君のその後の展開も知りたいから、これは続編が書かれるべきだ。それなら朝井名美とも再会できるかも。

 平岡陽明は、2013年にオール讀物新人賞を受賞した作家だが、その三年後に同賞を受賞した嶋津輝の第一作品集が『スナック墓場』(文藝春秋)で、こちらもいい。

 たとえば、そのオール讀物新人賞の受賞作「姉といもうと」は家政婦として働いている里香の物語だが、「本当にやってみたいのは女中であった。しかも、このような金持ち夫婦の家などではなく、芸者屋、それも、できれば没落した芸者屋の女中になりたかった」というから、ずいぶん変わっている。幸田文の「流れる」の影響だというのだ。ちなみに里香はまだ三〇前である。大学を出てから駅前のラブホテルでアルバイトしている妹の多美子が「会ってもらいたい人がいる」というのが次の展開で、それは多美子が大学時代に家庭教師で教えていた高校生で(だから多美子の四つ下)、つきあってもう六年になるというから、里香はびっくり。なんということのない話ではあるけれど、なんだかいとおしくなる短編だ。

 すごいと唸ったのは、河

(本の雑誌 2019年11月号掲載)

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●書評担当者● 北上次郎

1946年東京生まれ。明治大学文学部卒。1976年、椎名誠と「本の雑誌」を創刊。以降2000年まで発行人とつとめる。1994年に『冒険小説論』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『書評稼業四十年』(本の雑誌社)、『息子たちよ』(早川書房)がある。

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