異才・竹宮ゆゆこの元気百倍青春小説だ!

文=北上次郎

  • ハーレクイン・ロマンス: 恋愛小説から読むアメリカ (930) (平凡社新書)
  • 『ハーレクイン・ロマンス: 恋愛小説から読むアメリカ (930) (平凡社新書)』
    俊介, 尾崎
    平凡社
    968円(税込)
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 最初は少々読み辛い。若いころなら少しくらい読みにくくても辛抱して最後まで読んだものだが、加齢とともに辛抱がきかなくなっているので、これは途中で挫折するかも、とその段階で予感を抱いた。途中でやめちゃう本が最近は多いのである。たぶんこれもだめだろう。そう思って読み進めたが、はっと気がつくと物語の中にいた。

 竹宮ゆゆこ『いいからしばらく黙ってろ!』(KADOKAWA)だ。発売まで数日あるが許されたい。

 最初は少々読み辛い、とは書いたものの、そこで語られる挿話は強い印象を残している。ヒロインの富士が、幼い双子の弟妹に翻弄される姿がおかしいのだ。さらに、彼女には双子の兄姉もいて、こちらは美男美女。上と下の双子に挟まれて、ヒロインだけが苦労するという過去の回想だが、そこから一気に現在の物語に流れ込むリズムが、ごちゃごちゃしているように感じられたのだろう。しかしそれを過ぎてしまえば、あとは一気だ。

 劇団小説である。バーバリアン・スキルという弱小の劇団に飛び込んで、その運営に携わるヒロインの(彼女は大道具の才能まであるのだ)、疾風怒濤の活躍を描く長編である。超個性的な脇役が次々に登場してきて、その熱量が半端ない。

 よく考えてみれば、たいした話ではないのだが、たいした話でもないのにここまで迫力満点に描くことが出来るのが、逆に素晴らしい。いや、ラストの芝居のシーンは、まるで目の前で繰りひろげられているかのような臨場感がある。特異な才能と言うべきだろう。粗削りだが迫力満点の、元気が出てくる異色の青春小説だ。

 作者はライトノベルの世界で活躍している人で、著作も数多い。新潮文庫nexでも数作出ているようなので(タイトルが気になる『おまえのすべてが燃え上がる』をとりあえずは読んでみたい)、今後は要注意だ。

 原田ひ香の連作集『まずはこれ食べて』(双葉社)もいい。このタイトルと装丁で、同版元から刊行された『ランチ酒』『ランチ酒 おかわり日和』を連想する読者は少なくないと思うが、その先行二作と微妙に異なるのが本書のキモだ。

 グルメ小説でもなければ、お仕事小説でもない。たしかに、ベンチャー企業に雇われた家政婦の筧みのりが美味しい食事を作ってくれて、毎回ほっこりする場面がないではない。しかしそれが主にはなっていない。さらに、池内胡雪が働くその社員四人の会社は、医療系のベンチャー企業というだけでその仕事の内容が詳しく描かれないことにも留意。仕事の内容が描かれない「お仕事小説」はあり得ない。仕事の内容がいっさい描かれなかった朱野帰子『わたし、定時で帰ります。』を想起すればいい。では、何か。

 途中まで私、「ぐらんま」は理想的な会社だと思っていた。仕事が終わらなければそのへんでゴロ寝するし、筧みのりの作ってくれるオフィス飯はおいしいし、役割分担も社員四人ではっきりしているし、こんな会社があったら働きたい。しかし、至福は続かないのだ。悪いやつや裏切り者がいるという話ではない。ベンチャー企業もあるところまでいくと、初期の躍動感を失って普通の会社になってしまうのである。その哀しみがこの物語の底にひっそりと横たわっている。だから私の胸を打つ。創立メンバーの一人である柿枝の問題は、表面的なことにすぎない、と思うがどうか。

 尾

(本の雑誌 2020年3月号掲載)

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●書評担当者● 北上次郎

1946年東京生まれ。明治大学文学部卒。1976年、椎名誠と「本の雑誌」を創刊。以降2000年まで発行人とつとめる。1994年に『冒険小説論』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『書評稼業四十年』(本の雑誌社)、『息子たちよ』(早川書房)がある。

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