コナリー『レイトショー』の反骨の主人公に喝采!

文=小財満

  • レイトショー(上) (講談社文庫)
  • 『レイトショー(上) (講談社文庫)』
    マイクル・コナリー,古沢 嘉通
    講談社
    968円(税込)
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  • レイトショー(下) (講談社文庫)
  • 『レイトショー(下) (講談社文庫)』
    マイクル・コナリー,古沢 嘉通
    講談社
    968円(税込)
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  • 探偵コナン・ドイル (ハヤカワ・ミステリ) (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
  • 『探偵コナン・ドイル (ハヤカワ・ミステリ) (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』
    ブラッドリー・ハーパー,府川 由美恵
    早川書房
    1,980円(税込)
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  • 警部ヴィスティング カタリーナ・コード (小学館文庫)
  • 『警部ヴィスティング カタリーナ・コード (小学館文庫)』
    Horst,Jorn Lier,ホルスト,ヨルン・リーエル,友紀子, 中谷
    小学館
    1,100円(税込)
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  • 最悪の館 (ハヤカワ・ミステリ)
  • 『最悪の館 (ハヤカワ・ミステリ)』
    ローリー レーダー=デイ,岩瀬 徳子
    早川書房
    2,090円(税込)
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 ロス市警の刑事ハリー・ボッシュのシリーズで知られる巨匠マイクル・コナリーの新作『レイトショー』(古沢嘉通訳/講談社文庫)はロス市警の深夜勤務担当の刑事レネイ・バラードを主人公にした新シリーズの第一作だ。新主人公の反骨精神はコナリーが原点回帰したかのようで個人的には非常に嬉しい。

 上司とある諍いを起こし左遷された深夜勤務シフトの刑事、レネイ・バラード。深夜に起きる事件の初動捜査専門とあって様々な事件に携わる彼女は、ある夜、相棒の老刑事ジェンキンズとともに三つの事件に遭遇する。老女のクレジットカード盗難事件、女装の男娼への暴行事件、そしてハリウッドのパブ〈ダンサーズ〉で起きた三人の銃殺事件。凶悪事件を所轄する強盗殺人課警部補でレネイと当時衝突した張本人の元上司オリバスの目をかいくぐりながら、レネイは自らの手で各々の事件の真相を探らんと孤軍奮闘する。そして〈ダンサーズ〉の銃撃事件をめぐり、ある人物が殺害されたことで、レネイはロス市警の闇と対峙することに......。

 レネイはハリー・ボッシュ同様に反骨の人だ。元上司・同僚との対立や、初動捜査専門ゆえに事件を専門部署に奪われてしまうという設定など、事件を解決するためには警察組織に属しながらも一匹狼的かつ反体制的な動きをせざるを得ない──必然的にハードボイルドな空気を帯びる仕組みはさすがのマイクル・コナリー。後半の尋常ではないプレッシャーにさらされるレネイの姿と、それに対し不屈の精神で読者に快哉を叫ばせる逆転劇、事件の解決にあたっての見事な伏線の回収と近年のコナリー節は本作でも健在だ。

 名探偵ホームズの生みの親、コナン・ドイルは現実の冤罪事件の捜査をしていたことが知られているが、もしも彼が同時代の切り裂きジャック事件を捜査していたらというifを描いた歴史ミステリ作品がブラッドリー・ハーパーのデビュー作『探偵コナン・ドイル』(府川由美恵訳/ハヤカワ・ミステリ)だ。ホームズ対切り裂きジャックを描いた作品はクイーンの『恐怖の研究』など多く存在し、またコナン・ドイルが登場するミステリ作品もロバータ・ロゴウの〈名探偵ドジソン氏〉シリーズなど例があるが、コナン・ドイル自身が切り裂きジャックと対決する作品となると、これは珍しい。本作のワトソン役がコナン・ドイルだとすれば、ホームズ役はホームズのモデルとなったと言われているドイルの恩師ベル博士が務め、また彼らの助手として社会問題を題材とする作家で懐中拳銃を持ち歩く男装の令嬢という設定のマーガレット・ハークネスが脇を固める。自らを三銃士に喩えるこの三人のバディものならぬトリオものとして楽しい作品で、切り裂きジャック事件の背景描写やヴィクトリア朝の空気感もよく描かれている。本作は二〇一九年エドガー賞新人賞候補作。作者の第二作はマーガレット・ハークネスが主人公を務める作品でベル博士も再登場とのこと。邦訳を楽しみに待ちたい。

 ノルウェー発、ヨルン・リーエル・ホルストの警察小説シリーズ〈警部ヴィスティング〉は「ガラスの鍵」賞など北欧で三冠を獲得した第八長篇『猟犬』が二〇一五年に邦訳され当時話題となったが、その第十二長篇にして英訳のある北欧ミステリの賞「ペトローナ賞」二〇一九年の受賞作『カタリーナ・コード 警部ヴィスティング』(中谷友紀子訳/小学館文庫)が邦訳となった。

 カタリーナ・ハウゲンという女性の失踪事件から二十四年。当時、事件の捜査にあたり今でもカタリーナの夫マッティンと親交があるラルヴィク警察の警部ヴィスティングは、折に触れて事件の資料をひろげ彼女が残した謎の暗号〈カタリーナ・コード〉の正体に思いをはせていた。そんな中、国家犯罪捜査局の未解決事件班に所属する捜査官スティレルがヴィスティングの元を訪れる。彼はカタリーナ失踪の二年前に起きた富豪の娘ナディア・クローグ誘拐事件の容疑者としてカタリーナの夫、マッティンの名を挙げるが。

 カタリーナ失踪と暗号の謎、ナディア・クローグ誘拐事件と二つの事件を捜査する二人の刑事の姿が交互に描かれる。スティレルは、ある目的でヴィステングの娘でジャーナリストのリーネにナディア事件の特集記事を依頼するのだが、彼女が事件の関係者にインタビューしていく過程で当時の状況が克明に描かれていく手法が実に上手い。そしてヴィスティングは事件を通してある人物と、互いに秘密と思惑を抱えながらも職業上の関係を超え、人間として相対することになる。そこで起きる心の交流、魂の共鳴こそが、凄惨な事件の顛末を描いていながらも作者の人間味に触れられる読みどころとなっている。

 二〇一九年アンソニー賞ペーパーバック賞受賞作ローリー・レーダー=デイ『最悪の館』(岩瀬徳子訳/ハヤカワ・ミステリ)は、夫を亡くした女性が偶然に若者たちと宿で一晩を過ごすことになり、彼らの一人が殺されたことから事件に巻き込まれるフーダニットの作品。作者は別作品でメアリー・ヒギンズ・クラーク賞の受賞歴もあるが、本作も『さよならを言う前に』などクラークが得意とした、トラウマを持つ女性が事件を通しトラウマを克服するまでを描くサスペンスの延長線上にある作品と考えると理解しやすい。殺人事件の謎を追う作品ではあるが、それ以上に主人公となる女性が事件を通して肉体的にも精神的にも何度も追い詰められながら、自分の過去を直視することができるようになるまでを描く作品なのだ。クラークのように視覚的な描写が得意、というタイプの作品ではないが、その分、心理描写が深掘りされている。

(本の雑誌 2020年6月号掲載)

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●書評担当者● 小財満

1984年、福岡県生まれ。慶應義塾大学卒。在学中は推理小説同好会に所属。ミステリ・サブカルチャーの書評を中心に執筆活動を行う。

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